甘い脅迫生活
最寄り駅近くの道端に、でかい高級車が停まっている。昨日ぶりの山田さんは、当たり前だけど昨日のまま。
表情筋は1ミリも動いていないけどやっぱり、イケメン。佇まいも洗礼されていて、上品だ。
来ますよね。そりゃ来ますよ。来るって言っていたし。
夢だと思おうとはしていたけどやっぱり悲しいかな、現実というものは簡単に私を打ちのめす。
そしておもむろに山田さんが後部座席のドアを開けて社長が降臨したことで、昨日の”夢”は現実へと変わった。
降臨。なんて社長に似合う言葉だ。
自分で思っておいてなぜか社長にムカついた身勝手な私。
「おかえり、美織。」
そう言った社長は美しく笑った。
「は、はぁ、お疲れ様です。」
少しだけ、動揺した。おかえりという言葉は、いつぶりに言われただろう。少しだけ高鳴った心臓を誤魔化すように、わざとただいまとは言わなかった。
実家に住んでいた頃は、もう父の会社は倒産していて、両親ともに必死で働いていた。学生だった私も
できる範囲でアルバイトに明け暮れていたから、家で家族を出迎える、ということは年に数回程度しかなかった。
おかえり、と言われて、ただいま、という日常。私はそんな温かい、普通のことに憧れている。