甘い脅迫生活
そこでハッと気が付いた。
これじゃ逆じゃない。さっきまでは私が社長をおちょくってたはずなのに、今は完全に私がおちょくられてる。余裕の笑み、鼻歌すら聞こえてきそうなそれは、明らかに社長が調子に乗っている証拠だった。
そう思うと、悔しくて。恥ずかしがっている自分が馬鹿みたいに思える。
「もういいでしょ。優雨。」
「っっ、」
こんなことで右往左往している場合じゃない。視線を逸らして溜息を吐きだした。
「なんだ。残念だ。」
社長の声を聞きながら、薬指のそれを見つめた。
本当なら、理想の旦那様にロマンチックに渡されるはずのそれ。社長なりにムードというものを考えたらしいけど、付き合ったこともない私にやったところでそれはあまり効果は見込めないと思う。
そんなことも分からないほど、この人は女性経験がないんだろうか?
「ん、なんだ?」
「……なわけないな。はぁ。」
ネクタイを緩めて寛いでいるこの完璧なイケメンを、世の女性が放っておけるわけがない。黙っていても襲われそうだ。
「社長。」
「……優雨。」
「はいはい。優雨。」
「……気持ちがこもってない。」
今イラッとしたのは私だけだろうな。私しかいないし。
「もう呼びませんよ。」
「いや、悪かった。」
そこまでなぜ名前にこだわるのか分からないけれど、しゅんとしている社長がなんだか可哀そうになってきた。
母性本能まで刺激してくるとは……社長の各方面からの攻撃に、私の混乱は増すばかりだ。