甘い脅迫生活
社長は2年前に就任してからずっと、メディアに姿を現したことがない。前社長はそれはそれはメディア好きでよく目にしていたのに。
あれだろ。凄いダンディでお金持ちそうな感じの。
噂ではメディア嫌いだとか、前社長と仲が悪くて反発して自分は出ないとか、悪い内容ばかり。彼がメディアに出るとしたらいきなり婚約会見かも、なんてどうでもいい推測まで飛び出すほどだ。
山田さんが、慣れた様子でポケットから鍵を取り出す。秘書だから持ってるのかしら。なんか社長と秘書!って感じ。ボーッとしている間にも、山田さんはドアを開ける。今山田さんを突き飛ばして室内に無理矢理入れてドアを閉めて逃げればなんとならないかと一瞬考えた。
ダメだ。それじゃマジでクビになる。
……副業バレてる時点でクビだけど。
「どうぞ。」
「失礼します。」
しかしそこは山田さんが一枚上手なのか、わざわざ私の腰に手を添えて室内へと促された。ちょっと力強くない?
この線を越えれば、戻れない気がする。そう思うのに私を見下ろす山田さんの笑顔は入れと訴える。
「何か?」
「……いえ。」
無言の圧力に負けた結果、少々汚れている私のスニーカーは綺麗な石作りの玄関に足を踏み入れた。
広い玄関は靴が一つもない。あまりに大きすぎてそう見えないけど多分この靴箱にきちんと収納されているんだろう。
……ほぼ使わない長靴まで出しっぱなしの私とえらい違いだな。