甘い脅迫生活
「脇坂美織は、私の妻です。」
「はっ。」
優雨の隣に座らされた私の肩を抱いた優雨の暴露に、所長が訳の分からない声を出した。
「じゃ、じゃぁ、その指輪は、」
「私が彼女に贈ったものです。」
うろたえまくりの所長に、優雨は笑顔で淡々と答えていく。私はというと、いたたまれなくて下を向いていることしかできない。
「そんな…、まさかそんなことが。」
うなだれて呟いた所長を見て気の毒になってきた。権力にめっぽう弱い所長が私と優雨の関係を知ってしまったら、やりにくいどころか気を使いすぎて胃に穴が開くかもしれない。
「しかしそれは別の話です。」
「え?」
見上げれば、優雨が”あの”笑顔でまっすぐに所長を見ていた。
「美織は確かに私の妻ですが、貴方の部下です。それ以上でもそれ以下でもないことは、私も、そして妻も理解しています。」
有無を言わせない絶対的な微笑みは、目が笑っていない。
「それ以上は望まない。分かりますか?」
「はい!」
思わず立ち上がって頭を下げた所長。それに満足そうに頷いた優雨は、うちの事務所の粗末なソファーに身体を預け、頬杖をついた。
優雨が座ってるとうちのボロソファーも高級品に見えるから不思議だな。スプリングの調子が悪くて腰に来るのに。
「美織。」
「はい?」
ボーッと優雨を見ていた私に、優雨は微笑んだ。今度は本物の笑顔で。
「業務に戻っていいよ。」
「……ありがとうございます。」
とりあえず、私は解放していただけるようで。ホッと息をついて、頭を下げた。