あなたと指先3センチ
あの頃のことを思い出しながら、仲間と笑いあいお酒を飲む藍田先輩の横顔を眺めていたら、目の前から視線を感じた。
さっちゃんがニコニコと私を見ている。
「乙女の顔になってるよ」
さっちゃんが私をからかう。隣では、丸山君もなんだか笑顔だ。
恥ずかしさを誤魔化すために、苦手なビールを喉に流し込んだ。苦みと炭酸が、喉を刺激しながらお腹へと落ちていく。
「西條君に抱きつかれた時あったじゃない? あのあと、西條君がどうなったか知ってる?」
さっちゃんか意味深な訊ね方をする。
「壁に頭を打って……」
「直後じゃなくて。飲み会の翌日だよ」
「翌日? 何かあったの?」
その時の記憶を辿ってみたけれど、何のことなのかさっぱりだった。
「榊さん。知らないの?」
隣の本田君が少し驚いた顔を向けてきた。
「俺も知ってるよ」
丸山君まで。
「えっと。なんだろ……?」
自分だけ何も知らないことに、よく解らない不安に苛まれてちょっと頬が引き攣る。
目の前のさっちゃんが私とは対照的に、どうしてだか含み笑いを浮かべている。
「藍田先輩がね、西條君のことを呼び出して、やり過ぎだって叱ったんだよ。当の西條君は全く記憶がないから、叱られてもなんだかよく解ってなかったみたいだけどね」
さっちゃんは、呆れて肩を竦めている。
「脈ありじゃね?」
さっちゃんの隣で丸山君がニヤニヤと茶化す。
私は恥ずかしさと嬉しさに、またグラスを手にしたのだけれど、さっきの苦みがよみがえって口にするのをやめた。
そんなことがあったなんて、知らなかったな。
先輩が西條君に、そんなことを……。嬉しい。
もう一度藍田先輩へ視線をやれば、好きな気持ちが益々膨らんで、どうしようもなく胸がいっぱいになってきた。
「見つめ過ぎじゃないのぉ」
さっちゃんがまたからかうから、「やめてよぉ~」と笑い飛ばした。