あなたと指先3センチ
付き合いで頼んだ目の前にある最初の一杯のビールを飲み切る気にならず、さっちゃんたちとテーブルにある料理を食べながら、今回の企画が成功したことを話して盛り上がる。
次も一緒にチームを組めたらいいね、何て言ったところで、向こう側の席が騒がしくなってきた。西條君の悪い癖が始まってしまったようで、恵子ちゃんに絡み始めていた。
「あーあ、恵子ちゃん西條君に捕まっちゃったよ」
丸山君が眉根を下げる。
西條君は恵子ちゃんを隣に座らせ、アルコールにトロンとした目をしているわりには、下から掬い上げるような厳しい視線を向け説教を始めていた。
「西條君、何杯飲んだんだろうね?」
さっちゃんが心配そうに恵子ちゃんを見ている。丸山君と本田君も、飽きれたような困った表情で恵子ちゃんと西條君の方を見ていた。
「お酒の席だとはいえ、西條君の酒癖は悪すぎるよ」
丸山君が呆れたように零している。
少し離れた西條君のそばでは、恵子ちゃんが俯き加減で、「はい。はい」と何度も誠実に返事をしていた。ここで真面目に返事をしないと、西條君が荒れるのを流石の恵子ちゃんも知っているからだ。
「ちょっと……、助けに行ってこようかな」
立ち上がろうと、私は目の前にあったグラスを引っ掛けないよう奥にやる。
「やめておいた方がいいよ」
さっちゃんが心配そうに私を止める。
「けど……。あのままじゃ、恵子ちゃんがかわいそうだよ」
心配するさっちゃんに笑顔を向け、掘り炬燵から足を出して立ち上がろうとしたところで、真ん中辺りに座って飲んでいた藍田先輩がスッと立ち上がり西條君のそばに行った。
先輩は、西條君のそばにあるビールのグラスを遠ざけ、店員さんにお水を貰っている。
「西條、その辺にしてとけよ。酒の席での説教なんて、たちが悪いからな」
届いたお水のグラスを西條君に握らせる先輩。
笑いながら言っているけど、藍田先輩の目は笑っていない。
あれって、結構本気で言ってるよね。
藍田先輩の厳しい視線に、私まで背筋が伸びる。
三つ上の藍田先輩には、西條君も当然頭が上がらない。酔っていながらもぺこぺこと頭を下げて、西條君は恵子ちゃんから離れていった。
めでたし、めでたし。