あなたと指先3センチ
間も無く届いたデキャンタとワイングラス二つが、私と藍田先輩の前に置かれた。
空のグラスに真紅のワインを注ぐと、フルーツの爽やかでほんのり甘い香りがしてきた。
「お疲れ」
藍田先輩が私のグラスにカチリと当てる。
「お疲れ様です」
サングリアを口にすると思ったほど甘すぎず、フルーツの香りが後を引いた。
「おいし」
サングリアに向かってぽそりと零すと、隣では先輩が右手にグラスを持って私を見ていた。
「さっき、助けようとしてただろ?」
……え?
「榊は、気の利くお節介だからな」
藍田先輩は、そう言って笑う。先輩の左手は床についていて、私の右手も床についていた。少しだけ離れた指と指の先。あと少しが遠いな……。これは、憧れの距離かな。
「西條君、酔うとしつこいから」
控えめに言って私が笑うと、藍田先輩も笑う。
「けど、助けに行ってたら、今度は榊がまたターゲットになってたんじゃないか? 前の時、結構ひどかっただろ、アイツ」
首を僅かに傾げて瞳をのぞき込まれると、苦笑いが浮かんでしまった。
でも、恵子ちゃんの辛そうな顔を見ていたら、放っておけなくなっちゃったんだよね。前の飲み会で絡まれて散々な目にあったのに、私も学習能力がないな。
肩を竦めてグラスに口をつける。先輩も同じくグラスに口をつける。
場は盛り上がり、西條君は他の同期と何やら楽しそうにしていて周囲に被害はなし。恵子ちゃんも自分のペースを取り戻して、他の子たちと盛り上がっている。よかった、よかった。
指先の距離は、変わらない。すらりと伸びた先輩の指が、私の小さな手に届く日は来るのかな。
あと少しの三センチ。先輩との距離は、近くて遠い。