あなたと指先3センチ
「榊は、ワインが好きなんだな」
「え?」
床についた互いの手に気を取られていたら、先輩に笑顔を向けられて我に返った。
「前の飲み会の時も、飲んでなかったっけ? ワイン」
私が何を飲んでいたかなんて、憶えてくれてたの?
確かに、西條君に絡まれた時は、さっちゃんとグラスワインを頼んで飲んでいた。
ほんの些細なことなのに、嬉しくなって頬が緩んでしまう。先輩から気にかけて貰ったこんな小さなことが、私を幸せな気持ちにしてくれる。
周囲のことをよく見て気遣いのできる先輩のことだから、たまたま記憶の隅にあっただけのことだと思っても、特別に感じてしまうのは私の気持ちが想いでいっぱいだからだろう。
それでも、素直に嬉しい。
「みんなは、たいていビールですよね。でも、私あまり得意じゃないので、お付き合いで最初の一杯だけにしてるんです」
「得意じゃないのに、一杯目付き合うとか律儀だな」
先輩だって、私のサングリアに付き合ってくれてる。嬉しいけど。
藍田先輩との他愛もない話が私の心を弾ませる。
普段仕事のことでしかあまり話す機会もないけれど、ずっと目で追ってしまう人。私の好きな人。
そんな先輩と隣り合わせで飲めるなんて、今日のこの時が夢みたいだな。
「このチーム、纏まりがあってよかったですよね。また、このメンバーで仕事ができたら、いいな」
「やる気の塊みたいなのが集まってるからな。西條も、飲むとあんなだけど、仕事には誠実だし、忍耐力もある」
「そうですよね」
「榊だって、そうだよ。細かい作業も間違いなくしっかりやってくれるから、安心して任せられるよ」
先輩に褒められて、嬉しさに頬が熱くなる。単純だな、私。
「また何か俺が企画を立ち上げた時には、榊も引っ張り込むから、よろしくな」
「もちろんです」
デキャンタのワインが半分より少なくなった頃、先輩との距離が少しだけ近くなった気がして、勢いがついて来た。
普段ならこんな事、絶対言わないし、言えないのだけれど――――。