君が好きなんて一生言わない。
分からないことばかりで混乱する。


私のお父さんとお母さんが亡くなっていることは知っていた。

だから母方のお祖母さんに引き取られたのだとお祖母さんは話してくれた。

自分の中にあるいちばん古い記憶は、お祖母さんと暮らしている7歳のときの記憶で、それよりも古い記憶は私の中に存在しない。

どんなに思い出そうとしてもそれよりも前の記憶は存在しない。

お父さんの顔も、お母さんの声も、何も知らない。写真だって見たことはなかった。


私は何も知らないのに、あの花田というおばさんは知っていた。


私も知らない、私のことを知っていた。




「先輩!」





私と椎先輩も仲が良かったとあのおばさんは懐かしそうに語っていた。とても嘘だとは思えない。


それが本当なら、なんで先輩は今まで何も言わなかったの?

なんで今まで教えてくれなかったの?


なんで今、先輩はそんな風に苦しそうに黙っているの?



「ねえ、何か言ってくださいよ。

先輩は本当は誰なんですか?

先輩は何を知っているんですか?」



しかし先輩は俯いたまま何も答えない。

それから「ごめん」と呟いた。


「気を付けて帰って」


それだけ言うと先輩はその場を後にした。


「先輩!」


先輩の名前を叫んでもその背中は振り返ることはない。

取り残された私にはただ混乱と疑問だけが渦巻いていた。



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