君が好きなんて一生言わない。
「なんともないですよ。雪でちょっと滑っちゃったみたいです」


そう言うとほっと安心したような表情をする。

すごく優しい人なんだと思ったけれど、それ以上に違和感があった。

椎先輩と会うのは今日が初めてで、この表情だって見るのも初めてのはずなのに、胸が痛いくらいに締め付けられる。


胸の奥がぎゅっと縮まるようなそんな切ない感覚がする。


「あーあ、どうしよう」


頭を駆け巡る途方もない疑問も、彼の大きな溜息で引き戻される。

はっとそちらに顔を向けると、割れた鉢植えとアスファルトの上にこぼれた土とビオラが無残な姿でそこにあった。

私がしりもちをついたのと同時に放り出してしまったらしい。


「だから気をつけてって言ったのに」

「すみません…」

「謝ったってしかたないよ」と彼は言う。


「やってしまったことはもう取り戻せない」


その言葉を聞いてさらに申し訳なくなった。自分の無力さを思い知らされる。


「麗ちゃんは、ほんとドジだね」


私は目を見開いた。


「え、先輩、どうして私の名前を…」

「鬼村先生がきみの名前を呼んでいたのを聞いていたから」

「ああ…なるほど」


すると先輩は壊れた鉢植えの残骸の傍にしゃがみこんで片づけを始める。

慌てて私も手伝おうとすると「危ないから触んないで」と言われた。

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