バージンロードで始めましょう~次期社長と恋人契約~
過去の亡霊
 あの大騒動の結婚式から、あっという間にもう二週間が過ぎた。

 なかなか引かない暑さにバテ気味だった毎日も、気づけば日中と夜の寒暖差が大きくなっていて、上に羽織る長袖が必需品になっている。

 副社長室の窓から射し込む穏やかな午後の光が、オフィス家具の木肌を優しく照らしていた。

「おーい。“泣き虫亜寿佳”」

 応接セットのソファーに座ったこの部屋の主が、最近のお気に入りらしい呼び名で私を呼ぶ。

 またか……。その呼び方は嫌だって何度も言ってるのに。

「その呼び方、やめてください」

「いいから、こっちに来て隣に座れ。新しいウエディングノートのサンプルが届いたから見てみろよ。泣き虫亜寿佳」

 こっちの抗議なんか聞く耳を持たない彼に、私は書棚にファイルを戻しながら溜め息をついた。

 この“泣き虫亜寿佳”というネーミングは、不覚にも彼の胸に縋って泣いてしまうという醜態を晒したツケだ。

 あの日以来、事あるごとに彼は私をそう呼んで、からかうようになってしまった。

 仕事中にボロボロ大泣きしたのは事実だから、反論の余地はないんだけれど、『泣いてもいい』って言ったのはそっちでしょうに。
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