バージンロードで始めましょう~次期社長と恋人契約~
 どうしてこの人は、こんな目をして、こんなことを私に言うの?

 夢に向かって努力する女性って、まさか私のことを言ってるつもり?

 だって私たちの関係は偽装恋愛なのに。

 私は自分の目標のために、あなたは縁談から逃れるために利害関係を結んでいるにすぎないんだし、お互いそれ以上の物を、決して相手に求めたりしないはずだ。

 それが私たちの間にある、最も正しい事実なんだから。

「亜寿佳。いま俺が言った言葉の意味を、逃げずにちゃんと受け止めてほしい」

 自分の心の声に逃げ込もうとしていた私を見透かすように、彼が言った。

 楽な答えに安心したいだけの自分を自覚させられて、私は思わず身を固くする。

 うつむいてなにも言えない私に、彼もそれ以上はなにも言わなくなって、シンと静まり返った部屋に不思議な緊張感が満ちた。

 その独特で、僅かに甘さを伴う空気が心の奥を揺さぶり、彼がこれまで私に見せてくれた様々な表情を次々と思い起こさせる。

 ふたり並んでスタッフ通路を競走したときの、楽しそうな笑顔。

 ダンスの後で自分の掌にそっと口づけていた、あの切なげな瞳。

 私が大怪我をしたと勘違いして、真っ青な顔で叫んでいた声。

 それらのすべてがこの胸に切ない疼きを与えて、息苦しいほどだ。
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