バージンロードで始めましょう～次期社長と恋人契約～
　その些細な疑問は、お客様が振り向いて私の名を呼んだ瞬間に氷解した。

「亜寿佳」

「……！」

　あまりの驚きと衝撃のせいで、心臓が止まるかと思った。

　自分の目が信じられなくて、頭の中が真っ白になる。これは夢？　本当は私、まだベッドの中で寝てるんじゃないの？

「貴……明……？」

　呆け顔をさらして棒のように突っ立ったまま、ようやく私はその名を口にした。

　私の元婚約者。結婚式の直前に私を捨てた男。私を地獄に突き落とした人。いまも続く苦しみの根源。

　もう二度と会わないと固く誓ったそのあなたが、なぜ、ここにいるの！？

「その、久しぶりだね。元気そうでなにより」

　ソファーから立ち上がり、私に向かって軽く頭を下げながら、貴明はそう言った。

　オドオドと落ち着きなく両手を開いたり握ったりしている弱腰な様子は、あの頃と変わりない。

　でもあれから過ぎた二年の月日が、記憶の中の彼よりも、目の前の彼を少しだけ大人に見せている気がする。

　その微細な変化が、余計に自分の目と意識を疑わせた。
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