バージンロードで始めましょう~次期社長と恋人契約~
「亜寿佳、もう仕事は上がりだろう? 送るよ」
事務スタッフルームの自分の席でパソコンの電源を落とした瞬間、私の隣にスッと人影が立った。
まさかと思って見上げれば、そこには予想通りの人物がキーホルダーを指からぶら下げて、爽やかな笑顔を見せている。
「副社長……」
唐突な来襲に、私は二の句を継げなかった。
スタッフルームにいる大勢の社員たちも、突然現れた副社長に驚いて絶句してしまっている。
それも当然だ。なにせ王子がこんな下々の集う事務処理室に来たことなんて、これまで一度もなかったんだから。
「俺たちの交際を父に認めてもらったことだし、これからはもっとふたりの関係をオープンにしていきたいんだ」
その言葉に周囲がザワッと浮つき、私はギョッとしながら『ちょっと! 副社長!』と心の中でツッコむ。
サロンの騒動の直後から、私たちの噂はじわじわと伝言ゲームのように広まっていたけれど、まだ局地的にしか伝わっていないらしかった。
直接目撃したのはサロンにいた少人数だけだったから、一気に広まるには火力と信憑性が足りなかったんだ。
だから、もしかしたらそれほど騒ぎになることもないんじゃないか? なんて甘いことを考えていた。
この件は社長さえ勘違いしてくれればいいわけで、一般社員たちに盛大に騒がれるような事態は、できれば避けたいのが私の本音だ。