私たちは大人になった

簡単にシャワーを済ませてリビングに向かうと、母が帰宅していた。

「お帰りなさい」

声をかけると、少し疲れたような、それでも穏やかな笑みを湛えて「ただいま」と、返された。

「疲れたわー。あんたも今帰ったところなの?ごはん食べた?」
「うん、今さっきね。ごはんは外で食べてきた」
「優くんと?仲良いわね」
「まぁ、ね」
「あんたたちも子供じゃないんだから、それなりにちゃんとしなきゃダメよ?」

そう言われて言葉に詰まるのは、どうにも後ろ暗いことがあるからで、曖昧に笑ってごまかした。
ごまかしたところで、全て見透かされているような気がしてならないのだけれど。
何も言わない私に、母は苦笑を返してポンポン、と優しく肩を叩いて台所に立つ。

ほんと、全部がバレバレだよ。

「カップ麺しかないわねー。お父さんもこれで良いかしら?」

ぶつぶつ呟きながら電気ケトルでお湯を沸かしている。
忙しくとも暖かい母は、私の理想の女性か?と問われれば多分、そんなんじゃない。
母の事は好きだけど、それと理想とは別問題のようだ。
じゃあ理想が何かと聞かれても分からないとしか答えられないのだけれど。
夢がなんだったのかも、理想がなんだったのかも、まして幸せがなんだったのかも思い出せない。
今が不幸なわけでもないけれど、今を生きることが必死で夢も理想も幸せも、私から離れていってしまったみたいだ。

子供じゃない、なら、私は大人なのかな。
年齢的には立派な大人だけれど……。
まだまだ子供の頃にはなりたいものや欲しかったものがもっと確かだった。


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