私たちは大人になった
「大人になったな、って思う瞬間が来るのよね、不意に」
少し細くなったその目の先には、きっと“今”ではないいつかの自分がいるのかもしれない。
過去を愛しむように、懐かしむようにその口は語る。
「昔の同級生とお酒を傾けてるときとか、仕事がバカみたいに忙しすぎて何にも終わらなくていっそ笑えてきちゃうときとか、ね。……そのくせ、小さいことで死ぬほど幸せ感じちゃう。今あんたと話してるみたいなこともね」
そして私を見て笑顔を溢した。
その笑顔の意味は、今の私には、まだ分からない。
「曖昧だね、なんか」
「そんなもんよ?ここからが大人です、なんて、成人式で区切ったって結局ね。大人だから全てが正しいわけでもないし、大人だからなんでも解決できる訳じゃないもの。実際、あんただって成人してたってそんな風に悩んでるんじゃない」
「……そうだね」
「悩みなさいよ、たくさん。その時間が無駄じゃないって思えたら、立派な大人よ」
そう言って笑う母は間違いなく大人で、私はまだまだだなと思えるくらいには私も大人なのかもしれない。
話の区切りだと言わんばかりのタイミングで、玄関がガチャリと音をたてて「ただいまぁ」と、ため息混じりに父が帰宅してきた。