花の名前
思わぬ人
1
―――おかけになった電話番号は、現在使われておりません…
無情にも鳴り響くアナウンスにため息をついた。
卒業してから4年。その間全く連絡を取ってないのだから当たり前だ。それでなくともタダになるからと、篠崎(シノ)は大学の頃も頻繁にキャリアを乗り換えていたのだから。
名刺をもらっておけば良かったと後悔しながら、今度はシンジ君の番号を押す。
プ、プ、プ、プルルルル―――
10回鳴って、諦めようと思った時になって、『―――はいっ』と繋がり、聞き覚えのある声に安堵の息を付いた。
『久しぶりじゃん、元気だった?』
電話越しに聞く声は明るくて、シンジ君はあまりかわってなさそうだとホッとしたのだけど、そう言うと、え~っと抗議されてしまった。
『俺もうすぐお父さんなるのに~っ』
「え、そうなの?」
『そうだよ? 結婚しましたって年賀状送ったじゃん!』
「あー、ゴメン…」
言いながら、お父さんになるとは全く思えない落ち着きの無さに苦笑した。デキ婚だな、これは。
『で、どしたの急に?仕事は?』
「あー、それでちょっと、シノに、連絡取りたくてかけたんだけど、繋がらなくてね。シンジ君は知ってるかな、と思って。」
仕事だからと、いきなり携帯にかける事はしなかった。昔馴染みだとは言っても、そこはケジメをつけるべきだと思って。
とりあえず会社の代表番号にかけて、「営業の、篠崎さんお願いします。」と言って、営業部まで繋いでもらうまでは良かったのだ。
営業だから、外回り中だというのももちろん計算の内入ってた。それで、電話に出た営業事務らしき女の子に、至急連絡を取りたいので携帯番号を教えてくれと言ったのだけれど…。
「教えられません。」
キッパリと言われて困惑した。仕事用のを支給されてないんだろうかと思ったけど、それも本人の許可無くは教えられない決まりだと言われてしまう。
「えーと、じゃあ、こちらのを伝えますので、折り返し頂けるよう、伝えてもらえますか?」
「…わかりました。」
この子、こんなんで大丈夫なのかな…と思いながら番号を伝えると、「失礼します」と速攻で電話が切られたのだ。まぁ、確かにおたくの会社の方が大きいですけどネ…。
『ああ~、そりゃあ、“透子ん(闘魂)”牽制されたんだよ~っ』
大笑いしながらシンジ君が言った。まだその呼び名ですか…と思ったけど、黙っておく。
『会社とかスゴいらしいよ~、それで事務の子に協力してもらってるって、前言ってた。』
なるほど、相変わらずな訳だ…と遠い目になってしまう。まぁ、自分には関係ないからいいけどね。特に今はヤツの下半身の事情なんて聞いてる場合じゃ無い。
『透子んも相変わらずだね…ハルも可哀想に。』
「何が?」
『いやいや、こっちの話。えーと、一旦切っていい?キャリアどこだったっけ?』
同じキャリアだったので、後からショートメールをもらった。頑張れってハルに伝えて~というメッセージ付で。何か頑張らないといけない事があるんだろうか?と一瞬思ったけど、それどころでない事を思い出し、早速かけることにした。
とにかく早く確認を取らないと…あの教会だけは、渡すわけにはいかない。
「え…、どういう事ですか?」
『そりゃ、こっちが聞きたいよっっ!!』
電話の向こうで逆ギレされて、困惑するしか無かった。
契約間際だったその建設会社(元請けさん)に、勝手に連絡を入れていたのは高橋さんだった。インフルエンザで休んでいる間、代わりに連絡を取っていたらしい。
『いきなりだよっ。こっちは色々手配も始めてたってのに、急遽西島建設に決まったからなんて、“電話”で済ましやがって、ふざけてるにも程があるだろうっっ?!』
最初は担当の若い人だったのに、こちらの名前を聞きつけるなり、社長直々に電話口に出て捲し立て始めたのだ。とにかく確認してまたご連絡します。本当に申し訳ございませんっっと平謝りに謝って電話を切った頃には、他の案件―――高橋さんの担当分が殆どうちの事務所の手を離れている事が判明していた。
そして、夥しい放置メールの中に、昨日付で作成された辞表を添付した、高橋さんのメールが入っていた事も。
調べてみるとあの教会は、西島建設―――シノが勤めている建設会社(ゼネコン)が、設計まで含めて受注している事になっていた。
つまり、シノも、一枚かんでいるに違いない―――そう思って、連絡を取ることにしたのだった。
『…よお。』
2回ほどコールした所でシノが出た。
こっちが誰かわかってるような物言いに、まだ登録があったんだろうか?と不思議に思う。シノは、まあ、“かなり”社交的だったから、あっという間に電話帳が一杯になると言っては整理していたから。
そう言うと、さすがに友達の番号は消さねぇよ…とちょっと不機嫌に言われてしまった。その割に、番号変更の連絡はもらってなかったけど、とりあえずそれは置いとこう。
『あの、教会の件だろ?』
こっちから言うまでも無く、シノが言った。
『高橋(アイツ)は自分のだって言ってたけど、エスキス見たら直ぐわかったよ…透子のだろ?』
「そんなものまで、そっちに?」
『こっちで勝手に1から設計し直して良かったのか?』
良い訳無い―――そう言うと、シノはふ、と微かに笑って言った。
『とりあえず電話じゃ何だから、直接会って話そうぜ。』
もちろん、望む所だった。
無情にも鳴り響くアナウンスにため息をついた。
卒業してから4年。その間全く連絡を取ってないのだから当たり前だ。それでなくともタダになるからと、篠崎(シノ)は大学の頃も頻繁にキャリアを乗り換えていたのだから。
名刺をもらっておけば良かったと後悔しながら、今度はシンジ君の番号を押す。
プ、プ、プ、プルルルル―――
10回鳴って、諦めようと思った時になって、『―――はいっ』と繋がり、聞き覚えのある声に安堵の息を付いた。
『久しぶりじゃん、元気だった?』
電話越しに聞く声は明るくて、シンジ君はあまりかわってなさそうだとホッとしたのだけど、そう言うと、え~っと抗議されてしまった。
『俺もうすぐお父さんなるのに~っ』
「え、そうなの?」
『そうだよ? 結婚しましたって年賀状送ったじゃん!』
「あー、ゴメン…」
言いながら、お父さんになるとは全く思えない落ち着きの無さに苦笑した。デキ婚だな、これは。
『で、どしたの急に?仕事は?』
「あー、それでちょっと、シノに、連絡取りたくてかけたんだけど、繋がらなくてね。シンジ君は知ってるかな、と思って。」
仕事だからと、いきなり携帯にかける事はしなかった。昔馴染みだとは言っても、そこはケジメをつけるべきだと思って。
とりあえず会社の代表番号にかけて、「営業の、篠崎さんお願いします。」と言って、営業部まで繋いでもらうまでは良かったのだ。
営業だから、外回り中だというのももちろん計算の内入ってた。それで、電話に出た営業事務らしき女の子に、至急連絡を取りたいので携帯番号を教えてくれと言ったのだけれど…。
「教えられません。」
キッパリと言われて困惑した。仕事用のを支給されてないんだろうかと思ったけど、それも本人の許可無くは教えられない決まりだと言われてしまう。
「えーと、じゃあ、こちらのを伝えますので、折り返し頂けるよう、伝えてもらえますか?」
「…わかりました。」
この子、こんなんで大丈夫なのかな…と思いながら番号を伝えると、「失礼します」と速攻で電話が切られたのだ。まぁ、確かにおたくの会社の方が大きいですけどネ…。
『ああ~、そりゃあ、“透子ん(闘魂)”牽制されたんだよ~っ』
大笑いしながらシンジ君が言った。まだその呼び名ですか…と思ったけど、黙っておく。
『会社とかスゴいらしいよ~、それで事務の子に協力してもらってるって、前言ってた。』
なるほど、相変わらずな訳だ…と遠い目になってしまう。まぁ、自分には関係ないからいいけどね。特に今はヤツの下半身の事情なんて聞いてる場合じゃ無い。
『透子んも相変わらずだね…ハルも可哀想に。』
「何が?」
『いやいや、こっちの話。えーと、一旦切っていい?キャリアどこだったっけ?』
同じキャリアだったので、後からショートメールをもらった。頑張れってハルに伝えて~というメッセージ付で。何か頑張らないといけない事があるんだろうか?と一瞬思ったけど、それどころでない事を思い出し、早速かけることにした。
とにかく早く確認を取らないと…あの教会だけは、渡すわけにはいかない。
「え…、どういう事ですか?」
『そりゃ、こっちが聞きたいよっっ!!』
電話の向こうで逆ギレされて、困惑するしか無かった。
契約間際だったその建設会社(元請けさん)に、勝手に連絡を入れていたのは高橋さんだった。インフルエンザで休んでいる間、代わりに連絡を取っていたらしい。
『いきなりだよっ。こっちは色々手配も始めてたってのに、急遽西島建設に決まったからなんて、“電話”で済ましやがって、ふざけてるにも程があるだろうっっ?!』
最初は担当の若い人だったのに、こちらの名前を聞きつけるなり、社長直々に電話口に出て捲し立て始めたのだ。とにかく確認してまたご連絡します。本当に申し訳ございませんっっと平謝りに謝って電話を切った頃には、他の案件―――高橋さんの担当分が殆どうちの事務所の手を離れている事が判明していた。
そして、夥しい放置メールの中に、昨日付で作成された辞表を添付した、高橋さんのメールが入っていた事も。
調べてみるとあの教会は、西島建設―――シノが勤めている建設会社(ゼネコン)が、設計まで含めて受注している事になっていた。
つまり、シノも、一枚かんでいるに違いない―――そう思って、連絡を取ることにしたのだった。
『…よお。』
2回ほどコールした所でシノが出た。
こっちが誰かわかってるような物言いに、まだ登録があったんだろうか?と不思議に思う。シノは、まあ、“かなり”社交的だったから、あっという間に電話帳が一杯になると言っては整理していたから。
そう言うと、さすがに友達の番号は消さねぇよ…とちょっと不機嫌に言われてしまった。その割に、番号変更の連絡はもらってなかったけど、とりあえずそれは置いとこう。
『あの、教会の件だろ?』
こっちから言うまでも無く、シノが言った。
『高橋(アイツ)は自分のだって言ってたけど、エスキス見たら直ぐわかったよ…透子のだろ?』
「そんなものまで、そっちに?」
『こっちで勝手に1から設計し直して良かったのか?』
良い訳無い―――そう言うと、シノはふ、と微かに笑って言った。
『とりあえず電話じゃ何だから、直接会って話そうぜ。』
もちろん、望む所だった。