花の名前
3
お前はこれにしとけ―――と、先輩が決めたのはジントニックだった。
モスコミュールにスクリュードライバー、カルアミルクと、色々飲んでみたけど、先輩のお勧め通り、さっぱりしていて飲みやすかったから、自分の定番になった。
「この酒は女酒って言って飲みやすいんだぜ?」
そう言って渡された日本酒は、確かに水みたいだったけど、速攻シノに取り上げられた。
「いいか、これは地元でも飲めない銘酒だ。お前が飲むな。勿体ない。」
そう言って、酎ハイ以外は禁止にされた。
そういえば、何でか飲みの席には、必ず先輩か、シノがいたような気がする。
口の中に流れ込む液体を、無意識に飲み込んだ。
もっと欲しい…と、開いた唇に、再び柔らかなものが押し当てられて、冷たい液体を流し込まれる―――二度、三度。
コクコクと飲み込んで、薄らと目を開けた。
「…カズ…?」
答える代わりに唇を塞がれ、差し込まれた舌先に舌を絡め捕られると、それが抉るように深く口内を探り、搾り取るように強く吸いつかれる。
大きな手の平に後ろ頭を摑まれ、背中に回された腕にキツく抱き竦められると、のし掛かる重みが苦しくて、酸素を求めて大きく吸い込んだ息に混じった柑橘系の香りにハッとした。
違う、カズじゃない―――!!
押し退けようと肩を掴んでも、頭がくらりとして、力が入らない。せめてもと顎に力を入れると、気付いた舌先が逃れようとして、犬歯を掠めた。
「っ―――」
顔を上げた“シノ”が口許を押さえる。その隙に、喘ぐような息をしながらも、体を回転させた。途端、こめかみにズキリと鈍い痛みが走り、思わず丸めた体に、上からシノが押さえつけるようにのし掛かった。
「…50は、キツいだろ? お前ホント弱いよな。」
「何…」
「油断し過ぎなんだよ。昔っからそうだ。俺がいなきゃ、とっくに…」
そこまで言って、は…と自嘲気味に笑ったシノが、体の下に腕を差し込んで強く抱き締める。
横腹を手の平で撫でられ、ビクッと体が強張った。
服を…着ていない…
辛うじて下着は身につけているけど、こんな状況じゃ何の意味も無い。
耳の後ろでシノが大きく息を吐き出すと、それだけでゾクリと震えが走る。
背中の感触でわかった。シノも、着ていない。
「透子…」
低く、呟いたシノが、耳の後ろを嗅ぐように鼻先を埋めると、熱く湿った息が首筋にかかって、ドクン、と、心臓が大きく音を立てた。
「―――何、で…」
掠れてしまった声に、シノがふ、と笑う。
「何で? 聞かないとわからないのか?」
わからない、わかるわけない。
…だって、友達だよね…?
そう思うのに、不意にあの日のキスが蘇る。
”お礼はキス1回”
そう言って、でも、冗談だと思ったから、言ったのだ。
これ、お礼になるの?と。
ビミョーなとこだな…そう言ったシノの、顔は―――
ちゅ、と、耳の後ろで音がして、反射的に背筋が震えた。
そのまま音を立てながら、首に、肩に、立て続けにキスを落とされる。
更に強く抱きすくめられると、心臓まで握りしめられたように、きゅっとしなった。
「…もっと早く、こうしてりゃ良かった…」
唸るように呟いた唇に耳朶を咥えられて、ビクッと体が跳ねる。
その隙を突くように、大きな掌が、ささやかな胸を掬い上げた。
「っ、ダメッ―――‼」
必死の思いで体を捻る。
でも、押しのけようと胸元に伸ばした腕を逆に捕まれ、まとめて頭の上に押さえ込まれた。
見下ろすシノの瞳に籠る熱に、息を呑む。
その熱が何を意味するのか、もう知っていた。
何度も何度も、キスをした。
唇はそのまま喉を伝い、鎖骨の窪みを舐めて、胸の中央―――ちょうど心臓の辺りを強く吸い上げ、それを全身に繰り返されると、体が止めようもなく甘く溶けてゆく。
それが唇からは熱い吐息となって零れ落ち、解けて力を無くした体の奥から歓びとなって溢れ出すと、気付いたカズが唇を寄せた。
甘い、と言っていた。
チョコレートやキャンディじゃないんだから、そんなはずは無いと思うけれど、カズの舌先や指先で、チョコレートやキャンディよりも甘く溶かされていくのがわかるから、もう止めなかったし、止められなかった。
触れて欲しい、触れたい―――そういう気持ちがなんなのか。
顔を上げ、キスを落として離れようとしたカズの首筋に腕を回し、その耳元で囁いたのは名前じゃなかった。
長いまつ毛の奥で、滾るような熱情を込めていた瞳を思い、固く、目を閉じた。
カズ――――――!!
どんなに叫んでも。
届かないと、わかっていても。
モスコミュールにスクリュードライバー、カルアミルクと、色々飲んでみたけど、先輩のお勧め通り、さっぱりしていて飲みやすかったから、自分の定番になった。
「この酒は女酒って言って飲みやすいんだぜ?」
そう言って渡された日本酒は、確かに水みたいだったけど、速攻シノに取り上げられた。
「いいか、これは地元でも飲めない銘酒だ。お前が飲むな。勿体ない。」
そう言って、酎ハイ以外は禁止にされた。
そういえば、何でか飲みの席には、必ず先輩か、シノがいたような気がする。
口の中に流れ込む液体を、無意識に飲み込んだ。
もっと欲しい…と、開いた唇に、再び柔らかなものが押し当てられて、冷たい液体を流し込まれる―――二度、三度。
コクコクと飲み込んで、薄らと目を開けた。
「…カズ…?」
答える代わりに唇を塞がれ、差し込まれた舌先に舌を絡め捕られると、それが抉るように深く口内を探り、搾り取るように強く吸いつかれる。
大きな手の平に後ろ頭を摑まれ、背中に回された腕にキツく抱き竦められると、のし掛かる重みが苦しくて、酸素を求めて大きく吸い込んだ息に混じった柑橘系の香りにハッとした。
違う、カズじゃない―――!!
押し退けようと肩を掴んでも、頭がくらりとして、力が入らない。せめてもと顎に力を入れると、気付いた舌先が逃れようとして、犬歯を掠めた。
「っ―――」
顔を上げた“シノ”が口許を押さえる。その隙に、喘ぐような息をしながらも、体を回転させた。途端、こめかみにズキリと鈍い痛みが走り、思わず丸めた体に、上からシノが押さえつけるようにのし掛かった。
「…50は、キツいだろ? お前ホント弱いよな。」
「何…」
「油断し過ぎなんだよ。昔っからそうだ。俺がいなきゃ、とっくに…」
そこまで言って、は…と自嘲気味に笑ったシノが、体の下に腕を差し込んで強く抱き締める。
横腹を手の平で撫でられ、ビクッと体が強張った。
服を…着ていない…
辛うじて下着は身につけているけど、こんな状況じゃ何の意味も無い。
耳の後ろでシノが大きく息を吐き出すと、それだけでゾクリと震えが走る。
背中の感触でわかった。シノも、着ていない。
「透子…」
低く、呟いたシノが、耳の後ろを嗅ぐように鼻先を埋めると、熱く湿った息が首筋にかかって、ドクン、と、心臓が大きく音を立てた。
「―――何、で…」
掠れてしまった声に、シノがふ、と笑う。
「何で? 聞かないとわからないのか?」
わからない、わかるわけない。
…だって、友達だよね…?
そう思うのに、不意にあの日のキスが蘇る。
”お礼はキス1回”
そう言って、でも、冗談だと思ったから、言ったのだ。
これ、お礼になるの?と。
ビミョーなとこだな…そう言ったシノの、顔は―――
ちゅ、と、耳の後ろで音がして、反射的に背筋が震えた。
そのまま音を立てながら、首に、肩に、立て続けにキスを落とされる。
更に強く抱きすくめられると、心臓まで握りしめられたように、きゅっとしなった。
「…もっと早く、こうしてりゃ良かった…」
唸るように呟いた唇に耳朶を咥えられて、ビクッと体が跳ねる。
その隙を突くように、大きな掌が、ささやかな胸を掬い上げた。
「っ、ダメッ―――‼」
必死の思いで体を捻る。
でも、押しのけようと胸元に伸ばした腕を逆に捕まれ、まとめて頭の上に押さえ込まれた。
見下ろすシノの瞳に籠る熱に、息を呑む。
その熱が何を意味するのか、もう知っていた。
何度も何度も、キスをした。
唇はそのまま喉を伝い、鎖骨の窪みを舐めて、胸の中央―――ちょうど心臓の辺りを強く吸い上げ、それを全身に繰り返されると、体が止めようもなく甘く溶けてゆく。
それが唇からは熱い吐息となって零れ落ち、解けて力を無くした体の奥から歓びとなって溢れ出すと、気付いたカズが唇を寄せた。
甘い、と言っていた。
チョコレートやキャンディじゃないんだから、そんなはずは無いと思うけれど、カズの舌先や指先で、チョコレートやキャンディよりも甘く溶かされていくのがわかるから、もう止めなかったし、止められなかった。
触れて欲しい、触れたい―――そういう気持ちがなんなのか。
顔を上げ、キスを落として離れようとしたカズの首筋に腕を回し、その耳元で囁いたのは名前じゃなかった。
長いまつ毛の奥で、滾るような熱情を込めていた瞳を思い、固く、目を閉じた。
カズ――――――!!
どんなに叫んでも。
届かないと、わかっていても。