颯悟さんっ、キスの時間です。(年下御曹司は毒舌で腹黒で…でもかわいいかも?)
仕事を終えて、夕刻。帰宅する社員たちで混雑するエレベーター。これから迎える週末にどことなく軽やかな空気が漂う。

ロビー階で扉が開くと皆が散れた。
重い足取りでエレベーターを降りると、なぜかロビーはざわざわとしていた。女の子たちがひそひそとしゃべる声、悲鳴にも似た甲高い声。素敵、とか、カッコいい、などという単語も飛び交う。

何事だろうと見やると、そこにいたのは桐生颯悟と蒼井さんだった。長身イケメンのふたりはにこにこと笑いながらセキュリティゲートを抜け、こっちに向かってくる。

な、なんで、こんなタイミングで。

私の胸は急に鼓動する速さを上げた。会いたくてしかたのなかった人物、それでいて顔を合わせたくなかった人物。

談笑していたふたりはどんどんこっちに近づいてくる。桐生颯悟は私と目が合うとピタリと足を止め、途端に真顔になった。


「そ、颯悟さん……」
「みのり、お疲れさま。蒼井ちゃん、先にもどってて」


蒼井さんは私たちに一礼すると役員用のエレベーターに乗り込んだ。

目の前にはぶすっとした桐生颯悟。
私の視界には彼しかいなくて、ロビーにはたくさんの社員がいるはずなのにふたりきりでいる錯覚に襲われた。

変な緊張感……。

桐生颯悟は、ふう、とため息をついて私を見下ろす。


「お母さんに会えた? 元気だった?」
「はい」
「日曜までって言ってたけど、お母さん、日曜も泊まるの?」
「はい。月曜日午後のチケットを取ったって言ってましたから」
「そう。その前に明日お見合いだったね。振り袖着るの?」
「いえ、スーツです」
「ふうん、残念。振り袖なら見に行こうと思ってたんだけど。馬子にも衣装ってやつ?」


さっきまでぶすくれていたのに今度は意地悪ににこにこと笑った。

来る気なんかないくせに。
そんな気を持たせるようなことを言って。


「ふ……振り袖なら来てくれるんですか? 颯悟さん、私が振り袖着たら……」
「振り袖着たら、なに?」
「お見合いの最中に、その……止め……え??」


ザワザワ、ザワザワ、ザワザワ。
突然、背後からざわめきが聞こえた。何事かと私と桐生颯悟は目を合わせ、その音の方向に目をやった。
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