颯悟さんっ、キスの時間です。(年下御曹司は毒舌で腹黒で…でもかわいいかも?)
「アンタ、無駄に友だちは多かったじゃない。大勢で遊びに来て夏休みにはうちの麦畑でキャンプして、川遊びしてさ。冬は餅つき大会、春は花見とか」
「そ、颯悟さんは川遊びも餅つきもしないってば」

「あーゆー都会人には新鮮なんじゃないの? っていうか、父さんに免疫つけさせないとさ。結婚式当日、逃げ出しそうじゃん? もしくは部屋に鍵かけて立てこもりとか。被害妄想の塊だからね、父さんは」


そう、実家の父は非常にめんどくさい男なのだ。
私の異動が決まったときも、娘に捨てられたとご近所にふれ回ったくらいだし。

それは私への愛情の証だと分かってはいるけれど。

地下鉄の改札を抜けてホームを向かう。母はマンションとは反対方向の電車に乗り込もうとした。


「母さん、そっち逆」
「いいの。このまま仙台帰るわ。アンタのマンション遠くてさ。今なら最終間に合うし。部屋にある母さんの荷物はあとで送ってちょーだい」
「でも」
「父さんの話したら急に恋しくなっちゃった。じゃあね、みのり」
「母さ……」


プルルルル。
発車ベルがけたたましく鳴る中、母が乗り込むとドアはひゅうと閉まった。




*―*―*

地下鉄のホームにひとり残され。
マンションに帰る必要はなく。

ここからなら、桐生颯悟の部屋まで歩いても20分と掛からないわけで。

ここから2時間かかる自宅のマンションに帰るか、ここから徒歩圏内にある同棲中の彼のマンションに帰るか。

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