颯悟さんっ、キスの時間です。(年下御曹司は毒舌で腹黒で…でもかわいいかも?)
「どうしたの。オレがキミに興味があるって思った?」
「そ、そんなことは滅相も。あっ、青信号です!」
わかりやす、と桐生颯悟がつぶやく。す、で終わった唇でかすれた口笛を吹いた。その突き出した唇も色っぽい。
あの唇とキスしてしまったんだ、私。
無理やりだけど。
演技だけど。
気持ちが全くこもってないけど!
そうこうしてマンションに到着して。分厚いコンクリート壁、錆びたベランダの手すり。エントランスなんてしゃれたものはない。その昭和の匂い漂う建物に、はああ、とため息をつかれて。
ため息をつきたいのはこっちだ。
私のマンション、エレベーターもないし、しかも3階だし。
駅から徒歩25分、築35年、ワンルーム。キッチンはガスコンロだし、エアコンは壁掛け式だし。
かたや、新築のタワーマンション、居住階最高の42階、角部屋。ドアは3つあるから3LDK。駅は徒歩1分。エアコンは天井カセット式。
神様は不平等だ。末代まで祟ってやる。
「じゃあ明日、5時に来るから」
「は、早くないですか?」
「じゃあ5時半。道が混むからこれ以上はムリ。嫌なら荷物抱えて満員電車で揺られて来れば?」
「迎えにきてもらえるなら何時でもいいです。ありがとうございました……って、あの?」
桐生颯悟は運転席でじっと私の胸を見つめていた。
なんだか……熱い。
「……なんでもない。じゃあ明日」
パッドが珍しかった、というオチとか?
そそくさと助手席から降りてドアを閉める。
奴の車のテールランプが見えなくなって、それから外付けの階段を上った。