ガラスの境界、丘の向こう
 教室を出て大階段の踊り場まで来ると、ウィルが眞奈の顔をからかい半分にのぞき込んだ。
「マナ、次の授業、教室が変わったって知ってるか? 掲示板見たかよ?」

「え、知らない」

「やっぱりな。迷わず行けよ。俺、次の授業さぼるから」、ウィルはしれっと言った。

「へ?」、眞奈は思わず歩みを止めた。
「今、『授業をさぼる』って言った?」

「そうだよ」、ウィルは答えた。

 眞奈は驚いた。ウィルが授業をさぼるなんて、そんなこと今まで一度もなかった。
「え? まじ?、なんで、どうして?」

 ウィルはそれに答えず言った。「二〇八号室の行き方わかるか? 前に歴史のグループ発表したとこだけど」

「二〇八号室……」

 そうだ、確かプロジェクターを使ってグループ発表した大きな教室だ。

 眞奈の記憶はおぼろげだったが、ウィルの「どうせわかんないんだろう?」というからかい顔を見たら、反射的に「教室くらいちゃんと覚えてるよ」と、きっぱり言い切った。

 ウィルは肩をすくめた。「そうか、そんならよかった。じゃ、あと頼む!」

「もう、授業をさぼる理由話してから行ってよ!」、眞奈はむっとした。

「さっきジェニーからメールがきたんだ、今日の午後、映画に行こうって」

「まぁ、それはお幸せなこと!」
 眞奈はイギリス人の真似をして皮肉ったつもりだったのだが、ウィルには全然通じていない。

 学校さぼるのが前提のデートなんていい気なものだ。

 でもウィルはジェニーに会えるのがよっぽどうれしいのだろう、羽が生えて今にも飛んでいきそう。
 ウィルのあまりに単純で無邪気な様子がおかしくて、眞奈は思わず吹き出してしまった。

「OK。じゃあ、お幸せに!」、今度は皮肉ではない。
 ま、皮肉にしろそうじゃないにしろ、どっちにしてもウィルには通じていないけど。
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