ガラスの境界、丘の向こう
 ドアが開かれると、眞奈はドキドキしながらオースティン校長先生と一緒に館内を見学した。

 校長先生の言うとおりだった。当時はきらびやかであったろうに、今やウィストウハウスの昔の面影はまったくない。

 大広間や客間、寝室、書斎、ギャラリーなどは、学生や先生たちが使いやすいよう無惨に小さな部屋に分割されていた。高級家具や価値の高い絵画などは、売りに出され、代わりに妙にピカピカで真新しいイスや机、ホワイトボードなど学校の備品が大量に入れられていた。

 眞奈は目を閉じた。
 なぜだかわからないけれど、眞奈にはウィストウハウスの全盛期の姿を容易に想像することができた。

 三〇〇年前の華やかな舞踏会。

 優雅な弦楽四重奏のメロディ、グラスに次々ワインが注がれる音。またたくキャンドル、キラキラ輝く銀器。人々の笑い声と熱気、女性たちが着ているドレスの衣擦れの音。マントルピースには赤々と火が燃えている……。

 眞奈はそっと目を開けた。
 舞踏会の光景は一瞬で消えてしまった。

 大広間には安っぽいスチールと人工木材でできた机やイス、ロッカー、簡易本棚が並んでいるだけ。

「もし三〇〇年前の持ち主のゴーストが現れたら嘆き悲しみそう」、眞奈はつい口に出して言った。

 オースティン校長先生はいたずらっぽく微笑んだ。
「実はそんな噂もあるのよ、少女の亡霊が出るってね」

「亡霊が?」、眞奈は聞き返した。

「亡霊よ」、校長先生はそう繰り返し、「ねぇ、ヘレン、ウィストウハウスの少女の亡霊伝説はけっこう有名よね?」と、ちょうどドアを開けて部屋に入ってきた用務員らしき老女に声をかけた。

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