浮気の定理-Answer-
事態はそう上手くはいかなかった。


次の日の夜、早めに仕事を切り上げ、涼子の実家に向かった俺を待っていたのは、相変わらず知らぬ存ぜぬを貫き通す涼子の母親の声だった。


インターフォン越しの応対は、俺の逆鱗に触れた。


顔さえ見せないなんて、非常識だろう?と。


声を荒げて涼子を出せと凄んでみても、母親はしらっといないと嘘をつく。


花の泣き声が微かに聞こえている。


俺はドアを乱暴に叩き、切られたインターフォンのボタンを何度も鳴らした。


それでもそこからは母親の顔が覗くどころか、声さえしない。


近所の人がチラチラとこちらを見ながら通りすぎるのに気づいて、俺はハッとした。


こんな醜態を誰かに見せるなどありえないことだった。


俺はいつも冷静で、無駄のない時間を過ごしていたはずなのに、今の姿は無様だとしか言いようがない。


深く息を吐いて、自分を落ち着かせると、俺はクルリと踵を返した。


あの誰もいない真っ暗な部屋に帰るのだと思うと、こめかみの辺りに鈍い痛みを感じたけれど、軽く頭を振ってやり過ごす。

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