浮気の定理-Answer-
借金してでも、だと?


人の気も知らないで、簡単に言ってくれる。


やっと借金から解放されたって言うのに、何が悲しくてまた借りなきゃならないんだ。


「そこまでして、あんたに金を返す義理はないはずだ!もとはといえば、あんたが悪いんだろう?一度受け取ったものは、俺のもんだ!返すつもりもないし、借金をまたする気もない!」


興奮気味に大声でそう言ってしまってからハッとする。


ここが会社の入口近い場所であることをすっかり忘れていた。


チラチラとこちらを興味本位に窺う顔に、知ってる顔が何人かいた気がして慌ててその場から離れる。


せかせかと駅に向かって歩く俺の後を、当然男もついてきた。


なにがなんでも金を返してもらうつもりなのか、俺から離れないようにピッタリと歩幅を合わせてくる。


「どこまでついてくる気か知りませんが、俺はびた一文返す気はありませんから」


歩く速度をさらにあげながら、斜め後ろについてくる男にそう吐き捨てる。


そのまましばらく歩いていると、ふと男の気配が消えた。


気になって足を止め後ろを振り返ると、男は途中で諦めたかのように立っていた。


その表情からは落胆の色は見えない。


ただ無表情に張りついた顔を俺に向けて、そのままゆっくりと踵を返し遠ざかって行った。
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