浮気の定理-Answer-
先日の木下の旦那とのやり取り。


エレベーターで木下を追い詰めた時の、受付の証言。


廊下の死角で待ち伏せて迫った時の、防犯画像。


いろんな証拠を並べ立てられて、もう言い逃れはできなかった。


会社を辞めるか、警察に突き出されるかの二択をつきつけられ、俺は苦渋の選択で会社を辞めることになったのだ。


たったの、30万のために……


会社側は示談金としてそれなりの金をあいつに支払うらしい。


俺はなんの得もなく、それどころか全てをなくす形で東京を追われた。


貯蓄もなく職もない状態で、退職金さえもらえなかった俺は、故郷に帰るしかなかった。


そして、あいつに復讐するほどの気力も、もう残ってはいなかった。




実家に連絡を入れたのは二日前のことだ。


体調を崩して会社を辞めたことを伝えると、父は黙ったまますぐに母に電話を変わった。


やはり受け入れてはもらえないんだと途方に暮れる俺に、母だけは「とりあえず帰ってらっしゃい」と優しい言葉をかけてくれた。


その言葉だけで、俺は救われた。


帰れる場所があるってことが、こんなにも安心できるなんて思わなかった。


あそこから逃げ出したくて東京に出てきた俺にとって、この10年実家は帰る場所ではなくなっていたから。



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