浮気の定理-Answer-
BARにて⑨
久しぶりに見たその客を最後に見たのは、確か家庭のある女性を諦めたと言ってかなり酔っ払っていたときだったように思う。


心の整理がつきましたと悲しげな笑みを浮かべて帰っていったその背中に、今度は幸せな恋ができるといいと、そう思った彼だ。


仕事柄、いろんな客を見てきたけれど、嫌なことを忘れるために酒を飲む客は多い。


そして現実から少しだけ離れた束の間の時間を設けることで、明日からまた頑張れるのだ。


けれど、それだけでは到底補いきれないほどの傷や問題を抱える者も中にはいる。


酒に溺れ堕ちていく者も何人も見てきた。


だから、この客がそういうタイプではないと分かっていたけれど、以前とは違うペースの速さと神妙な面持ちに少しだけ心配になった。


いくら飲んでも酔えない。


そんな様子で次々とグラスを開け、時々眉間にシワを寄せながら動きを止めて大きなため息をつく彼に、思わず声をかけてしまった。

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