浮気の定理-Answer-
「あのね?少しの間……実家に帰ろうと思うの」
食後のコーヒーをリビングのテーブルにそっと置きながら、彼女は俺の顔を見ることなく、そう囁くように呟いた。
とうとう恐れていたことが現実になるんだと、覚悟を決めて息を吸いこむ。
別れたいと言われるんだろうか?
それとも実家に帰ったあと、離婚届を送り付けてくるつもりなのか。
どちらにしても、きっともう俺達は夫婦ではいられないんだと、今度はゆっくりと息を吐き出した。
「そうか……わかった」
それ以上、何をいえばよかったんだろう?
彼女はまだ若い。
あのとき決めた早すぎる結婚を後悔しても仕方がないのだ。
ましてや、好きな人ができたのならなおさら、俺に引き止める資格なんかない。
この時どんな思いで彼女がそう言ったのかなんて少しも考えずに、俺はあっさりと彼女の意見を受け入れた。
顔を見ることも出来ないまま、入れてくれたコーヒーに口をつけ、もうその話はおしまいとでも言うかのようにテレビのチャンネルを変える。
だから、気づかなかったんだ。
彼女の傷ついたような顔にも、必死に送ってくれていた俺へのメッセージにも。