浮気の定理-Answer-
BARにて②
客の前では感情を表に出さないようにするのが、バーテンダーの仕事でもある。
どんな客の言葉も耳に入っていないかのような、空気のような存在。
それによって、誰もが安心して酒に酔い、秘密の会話を楽しむのだ。
けれど実際は、どんな会話も耳に入ってくる。
時には笑いを噛み殺し、時には眉間に皺が寄りそうになるのを抑えたりもする。
今日の客は、まさに後者の方だった。
犯罪になるんじゃないかと思えるほどの密談を、こんな店で、しかもカウンター席でするものじゃないだろうと思う。
自分とさほど変わらない年齢の二人連れの男性。
話し方から察するに、お互いそれほど気心の知れた相手ではないらしい。
一人は既婚者、一人は独身……
あろうことか、既婚者の男性が独身であろう男性に自分の妻を好きにしていいなんてことを話してる。
妻は知っているんだろうか?
旦那にこんな風に裏切られていることを……
つい、口を挟んでしまいそうな衝動にかられて、唇を噛み締めた。
断れ、と独身の方の男に言ってしまいたくなる。
あんたもあんただと、既婚者の男の方にも説教しそうになるのを、必死に抑えた。