浮気の定理-Answer-
そっと周りを確認すると、それぞれがそれぞれ誰かと会話しており、今この瞬間に、俺を注目しているやつはいないように見えた。


――チャンスか!?


俺はゴクリと唾を呑み込み、ポケットに慌てて手を突っ込む。


そこにあるものを掴むともう一度、周りを確認した。


大丈夫、誰も見ていない。


自分とグラスの置いてあるテーブルだけが、切り取られたように孤立していた。


自分のグラスを手に取るフリをして、スッと木下のグラスを手に取ると、テーブルの下で薬を一気に入れる。


その間も周りへの警戒は怠らずに、顔は上げたままだ。


何気なく木下のグラスを戻すと、今度は自分のグラスを手に取り、一口酒を含む。


――大丈夫、気づかれてない……


震える手をもう片方の手で抑えて、そこでようやく息を吐いた。


額には汗が滲んでる。


袖でそれを拭うと、今度は木下がさっきの酒を飲むのを見守った。


粉は無味無臭だと、あの男は言っていた。


水溶性だから、かき混ぜなくてもすぐに溶けるとも……


本当にそんな都合のいい薬があるのかと疑ったが、今目の前にあるグラスは、何かが混ざった形跡はない。
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