浮気の定理-Answer-
お世辞にも綺麗とは言えない古ぼけたアパートは、木下には全く似つかわしくないように見えた。


ダイヤモンドが沼に落ちていくような、そんな感覚。


エレベーターなんて気のきいたものなんかない、2階建てのアパートの階段を、ゆっくりと昇っていく。


ようやく自分の部屋に辿り着いた時には、木下が自分の女なんじゃないかと錯覚するほど、体が密着していた。



絡められた腕は無意識のものなんだろう。


けれど、あの木下が俺にしがみつくなんて、今までなら有り得ないことだ。


木下の脇の下に差し込んでいる自分の腕には、柔らかな感触が伝わってくる。


逸る気持ちを抑えて、俺は自分の部屋の鍵を乱暴に開けた。


部屋に入ると、自分の匂いと生活感が溢れた見慣れた光景。


ここに木下がいるということが、信じられなかった。


夢なんじゃないかと思いながら、それでもこの重みも匂いも柔らかさも現実のものだと実感する。


ヒールを脱がし、部屋の奥へと運ぶ。


敷きっぱなしの布団にゆっくりと寝かせると、俺はホッと息を吐いた。

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