幽霊と私の年の差恋愛
ダブルデート?
「で? 私達いったい何をしているんでしょうか……」
本気で分からないと言うように首を傾げる美波には構わず、真糸はずいっと丸眼鏡を押し上げる。
「何って、そんなの決まってるでしょ?
尾行だよ、び・こ・う!」
人混みに紛れてこそこそとしている自分は、周りから見たらひどく怪しいに違いない。一方で、真糸は堂々と仁王立ちしており、目の上に掌を翳して前方の二人を見やる。
「良いですよね。真糸さんはどんなに怪しくても人には見られることないんだから」
私は違うんですよ、と小さくごちる声は無視された。
美波達がいるのは、アパートの最寄り駅から電車で一時間の場所にある全国的にも有名なテーマパークだった。
『明日のデートなんだけど、どこが良いと思うっ?』
昨夜春臣のバーにて、浮かれた声でそう質問してきた栞の言葉を思い出す。
突然話を振られて困惑した美波が適当にそのテーマパークの名前を口にしたところ、栞はあっさりそこに決めてしまった。「良いわよね?」とカウンター越しに尋ねられた春臣も、栞が決めたところなら特に異論はないと頷いていた。
「いくら相手がハルとはいえ、やっぱり栞を任せて良いのかどうか僕がちゃぁんとチェックしないとねぇ。 あっ、二人が五番ゲートに並んだ! 行くよ、美波ちゃん!」
昨日の意気消沈具合はどこへやら、今日の真糸はどこか生き生きとさえしている。特に予定のない日曜日だからと惰眠を貪っていた美波は叩き起され、有無を言わさずテーマパーク行きの命が下された。
美波は抜けるような初夏の青空を、それとは対照的にどんよりとした瞳で恨めしそうに仰いだ。
「まぁ、あのまま落ち込まれてるよりは良かったのかな?」
バーから帰宅して数時間、ベッドに突っ伏したまま一言も発さなかった真糸を思い出す。
それと同時に、その後に起きた余計なことまで思い出してしまい、美波は慌てて首を振って思考を頭の隅に追いやった。
十時の開園と同時に、ゲートの前に並んでいた人集りが前へと進む。
美波は表向きは一人での来園だ。ゲートに立つスタッフから向けられた哀れむような視線は、きっと気のせいではないだろう。
(違うんです……本当は一人じゃないんです……)
心の中で意味を成さない言い訳を唱えながら、美波は無銭でゲートをすり抜けた真糸を恨めしそうに見つめた。
そんな美波には気付かず、真糸はさっさと前を行く二人を追いかけていく。
園内は人々の楽しげな声や音楽で溢れ、まるで異国に足を踏み入れたようだった。
石畳の地面やバルーンを配るウサギ。玉乗りをするピエロ。そのどれもが非日常的で、本来なら美波もワクワクしていることだろう。
残念ながら、本日は高い入園料の元を取れることはないだろうがーーー。
(それにしても栞さん、やっぱり素敵だなぁ。それに春臣さんも)
魅力的な園内の街並みに後ろ髪を引かれつつ、見失わない程度に距離を保ちながら追いかける美波は、二人の後ろ姿からですら分かるキラキラとしたオーラにほうっとため息を吐いた。
すらっと背の高い栞がヒールを履いていてもなお、春臣との身長差はまだ頭一つ分程はある。
二人の姿は街並みに溶け込み、まるで王子様とお姫様のようだと思った。
(でも……)
ちらりと、美波は横に並ぶ真糸に視線を送る。
陽の光に透けるアッシュの髪と瞳。横から見ると、顔の凹凸も日本人のそれとは明らかに違う。美波の背が低いこともあるが、身長差は頭一つ分どころか、二つ以上は確実にある。
(真糸さんも……格好良いんだよね……むしろ……)
二人に夢中の真糸が美波の視線に気が付かないのを良いことに、美波は彼の横顔を見つめ続けていた。
「ちょっ、美波ちゃん、危なっ……!」
そのせいで、美波は目の前から走ってきた子どもを認識するのが遅れた。真糸の警告で前を向いた時には、もう回避不可能な状態だった。
「きゃっ!?」
「わぁっ!?」
どんっという鈍い音を立てて、美波の真正面から少年がぶつかる。少年の顔は美波の胸にぼすりと埋もれ、美波はそのまま後ろへと倒れ込んだ。
「うわ〜役得だね少年くん。美波ちゃん大丈夫?」
派手に尻餅をついた美波に、さすがの真糸も前の二人から視線を外して様子を伺うように屈んだ。
少年は何が起こったのか分からず思考停止したのか数秒そのままだったが、やがてのそりと赤い顔をして立ち上がった。
「お姉ちゃん、ご、ごめんなさい……ボク、前をちゃんと見てなくて……」
しゅんとした様子で今にも泣きそうな少年に、美波ははっとして立ち上がる。
「う、ううん! お姉ちゃんこそよそ見しちゃってたの。こちらこそごめんね。怪我はない?」
心配そうに少年の顔を覗き込むと、泣き出しそうだった表情が消えてたちまち笑顔になり頷いた。
その表情に、美波はほっと息を吐く。
「よしっ! じゃあ少年の無事も分かったことだし、美波ちゃんも怪我はないし、尾行を再開しよう!」
二人はもう随分と遠くに行ってしまったので、真糸は見失わないようにと美波を急かした。しかし、美波はそこであることに気がつく。
「ねぇ君、大人の人は一緒じゃないの?」
キョロキョロと辺りを見回しても、保護者らしき人物が見当たらないのだ。不思議に思い、美波は再び、少年に視線を合わせてしゃがんだ。
彼は力なく首を横に振る。
「ボク……迷子になっちゃったんだ……それで今、お父さんとお母さんを探してて……」
やはりそうか、と思い、美波は真糸を見やる。
「美波ちゃん! 早く追いかけないと見失っちゃうじゃぁないか〜!」
などと捲し立てる真糸に、今は構っている場合ではない。
「それなら、とにかく一度迷子センターに行ってみよう? きっとお父さんたちも君のこと探しているはずだから」
急かす真糸を無視して、近くにいるスタッフか案内を探そうとする美波の袖を引いたのは、他でもない、その少年だった。
「迷子センターなんて行かなくて良いよ。″お姉ちゃん達″がボクと遊んで!」
そう言うと、少年はくるりと真糸に向き直った。
「ね? お兄ちゃんも良いでしょっ?」
「!?」
突然、当たり前のように話しかけられた真糸は、びくりと肩を揺らした。
「ええっ!? 君、真糸さんが見えるの?」
驚く美波に、少年は得意げな顔で鼻をかく。
「もちろん! お姉ちゃん達、誰かを『ビコー』してるの? 楽しそうだから、ボクもそれに協力してあげる! ね、お兄ちゃん?」
そう言って少年は笑った。その顔にーーー。
(なんだ、この感じ? どこかで……?)
以前にもどこかで得たことのある得体の知れない感覚に、真糸は首を捻る。しかしその違和感の正体を掴む前に、それは姿形なく散ってしまっていた。