幽霊と私の年の差恋愛
少年が仲間に加わってくれたことで、美波は居心地の悪さを解消することができて幾分か上機嫌だった。
とはいえ、一歩間違えば誘拐犯となる可能性もあるため、一応は両親を探しているという体である。
「あの二人は『コイビトドーシ』なの?」
「へっ? う、うん、そーだよっ?」
少年が放つ質問に時折面食らいながらも、一人で園内を歩き回っていることへの謎の罪悪感を感じずに済むのは有難かった。
「あっ! ボクあれ乗りたーい!」
「ちょっ、ま、待って! リトくん!」
尾行に協力すると言いつつ、リトと名乗った少年は興味の引かれるものがあるとすぐにそちらへ走っていってしまう。
五歳という年齢を考えれば致し方ないし、だからこそ迷子になどなったのだろう。
「ちょっと少年! 君さっき、尾行に協力するって言ったじゃぁないの!」
リトがふらふらするたびに、真糸は落ち着かない様子で文句を垂れている。
子ども向けの空いているアトラクションばかり乗りたがるため、最初は何とか尾行出来ていたのだが、今では完全に二人を見失っていた。
「だってあれ面白そうだもん! 早くー!」
「リトくん、置いてかないでよ〜!」
元々真糸に付き合わされる形で尾行していた美波は、二人を見失って内心少しだけホッとしていた。
これ以上、二人のキラキラした雰囲気を見ているのも憂鬱だったし、恋人らしさを目の当たりにした真糸が傷つくところも見たくはない。それを思うと、美波はリトに感謝の気持ちすら湧き上がる。
「リトくん、ありがとう〜!」
突然の抱擁で、リトはまた赤くした顔を美波の胸に埋めることとなった。
「そ、そんなに楽しいの? ボクと遊園地回れること……」
「えっ? う、うん、楽しいよっ? お礼に、何か一つ買ってあげようかな〜っ?」
勘違いしてしまったリトに違うとも言えず、美波は適当に餌をまいて誤魔化す。まぁ楽しくないと言えば嘘になるしーーーなどと心の中で言い訳をする。
「お姉ちゃん、それ本当!?」
そんな誤魔化しに五歳児が気付けるはずもなく、リトははにかんだような笑みを浮かべて美波の撒いた餌に食いついた。
「じゃあね……じゃあ、一つ欲しいものあるんだけど……」
もじもじとしているリトに、美波はくすりと笑みを浮かべた。照れている五歳の少年が、素直に可愛いと思ったからだ。
「ちょっとちょっとちょっと〜。二人を探さなきゃいけないんだからさ、そんなの後にして、ほら行くよ〜」
「もう! 真糸さんってば良いじゃないですか少しくらい! ごめんねリトくん、とりあえず行こっか?」
頬を膨らませる美波も何処吹く風で、先に行ってしまった真糸。美波はリトの手を引いて追いかけていく。
「ねぇ、お兄ちゃんとお姉ちゃんも『コイビトドーシ』なの?」
「えっ、ええっ!? えーっとね……」
突然のリトの純粋な質問に、美波は面食らった。恋人同士かと聞かれれば答えは否だ。しかし、では何かと聞かれると答えようがない。
(私と真糸さんの関係って……いったい何なんだろう……)
「答えは自明さ、少年。僕達は『大人の関係』だよ」
「は、はぁっ!?」
先を行っていたはずの真糸が目の前にぬっと現れ、人差し指をピンと立ててそう宣った。
「『オトナのカンケー』? って何?」
美波は、真糸の言葉に首を捻るリトの耳を思い切り塞ぐ。
「ちょっと真糸さん! 子どもになんてこと吹き込んでるんですか! だいたい私達はべ、別に、そ、そそそんなっ」
『大人の関係』なんかじゃ……。と顔を赤らめて口篭る美波の両手をリトの耳から外しながら、真糸が至極当然といった様子で説明する。
「良いかい少年。僕達が恋人同士かと言われると答えはノーだ。僕は生物学者だから、学問的に言えば男女の友情は成立しないという説を推しているのでこれもノー。家族という枠組みは定義が曖昧だが、一緒に住んでいるという点においてはイエスでもあるね。まぁその定義で行くとゴキブリも家族に含まれてしまうが……」
真糸はそこで一度言葉を切ると、リトの目線に合わせてしゃがみ、ニコリと笑った。
「少なくとも僕は、美波ちゃんを一人の大人の女性として見ているよ。美波ちゃんからしたら僕はおっさんだから、まぁ中身はともかくとしても子どもに見えることはないだろう。お互いが一人の大人として個人を尊重して付き合っている、それが『大人の関係』さ」
真糸の言葉を、リトは鼻の頭に皺を寄せて聞いていた。その言葉の意味するところを、一生懸命に考えているようだった。
「ま、少年には難しかったかな? ああ、ちなみに大人の関係っていう言葉の多くは別の意味で解釈されていてね、美波ちゃんが想像したように男女がセッ」
「真糸さんっ!!!」
耳まで真っ赤にした美波が、真糸の言葉を遮る。
「え〜? だって美波ちゃん想像したでしょ? 僕達がそういう」
「わぁぁぁ〜!! もう止めてよ〜!!!」
リトはどうして美波が怒っているのか分からなかった。それでも、この二人の関係はきっと何か特別なものなんだろう、と思うことにした。