幽霊と私の年の差恋愛
「うわあ〜! これ可愛い〜!」
丸テーブルに運ばれてきたお子様ランチに、美波は当のリトよりもキラキラと目を輝かせた。
「さぁ! 遠慮なーく召し上がれ!」
向かいの椅子に腰掛けて、頬杖を付きながら片手で促す真糸。
「……真糸さん、それどういう立場で言ってます?」
当たり前だが、金銭を所持しているのは美波だけであった。お腹が空いたとリトにせがまれて、ファミレスより数段値の張るお子様ランチを注文したのは昼もとうに過ぎ、そろそろお茶にしようかという頃だった。
テーマパークのどこへ行っても非日常のワクワクに溢れており、それはレストラン内も例外ではない。ブルーを基調とした店内では、天井から無数の星のオブジェが吊り下げられており、まるで宇宙空間にいるかのような演出がなされている。
しかし園内の物価だけは客に現実を突きつけてくる。まるで夢を見る代償とでも言うかのように、ここは常にインフレの状態なのだ。
「でもこんなに可愛いなら、この値段でもまた頼んじゃうかも……あ、でも十二歳以外限定メニューかぁ」
シンプルな丸いプレートの真ん中には、テーマパークのキャラクターを型どったオムライス。その周りに、まるで花のリースのように、アレンジを加えられた果物や野菜、唐揚げやパスタなどが飾られている。
彩りも鮮やかで、食べてしまうのがもったいないくらいだ。
「美味しそう! いっただっきまーす!」
しかしそんな芸術作品も、五歳児には食料として以上の価値など分からないらしい。美波が写真を撮ろうとスマホを取り出している間に、リトは勢いよくオムライスを崩し始めた。
「ああっ! せっかくのお子様ランチがぁ……」
テーマパーク内はまた来た時にでも撮影すれば良いが、お子様ランチは子どもがいなければ頼むことが出来ない。貴重な写真を撮り逃して残念がる美波を他所に、リトは美味しそうに唐揚げを頬張る。
その幸せそうな顔を見れば、まあ写真くらいどうでも良いかという気持ちになった。パシャリと一枚、口の周りにソースを付けているリトを写して満足することにした。
「さて少年。食べながら聞いて欲しいんだけど、そろそろ保護者達を探した方が良いんじゃなぁい?」
真糸の言うことはもっともだ。開園して早々迷子になっていたことを考えると、すでに四時間ほど親子は離れ離れになっている。もし事件性があると思われて警察を呼ばれては大変なことになる。
「え〜? なんで?」
ここに至るまでにコーヒーカップ、メリーゴーランド、ミニヒコーキ、ゴーカート、そしてジェットコースターと遊園地を大いに楽しんだであろうリト。美波も一緒になって楽しんでしまっていたが、よくよく考えれば親の許可もなくこうしてお子様ランチを食べさせていることすらいけないことのような気がしてきた。
「そ、そうだね。リトくん、それ食べたらお父さんとお母さん探しに行こうか?」
相当空腹だったのか、リトはボリュームのあったお子様ランチをすぐに平らげてしまった。大人二人から諭され最初は渋ったものの、しばらく難しい顔をしたあとに小さく頷く。
ホッとしてる美波の心情を知ってか知らずか、リトはオレンジジュースを吸い上げながらニコリと笑った。
「でもお兄ちゃんとお姉ちゃん、若いお父さんとお母さんって感じがして嬉しかったな〜」
「ぶふっ!?」
同じく水分補給していた美波は、その言葉で盛大にアイスティーを吹き出した。その飛沫は向かいの真糸をすり抜け、彼が座っている椅子が被害を受ける。
「ちょ、美波ちゃん動揺しすぎ。おっさんびしょ濡れ〜」
「す、すみませっ……ゲホッゲホッ」
真糸のからかいにも思わず真面目なトーンで返答し、美波は慌てて向かいの椅子をおしぼりで拭いた。
「でもまぁ、美波ちゃんが親だったら若いお母さんだとは思うけど、僕は五歳の子どもがいてもなんらおかしくない年齢よ? 君の御両親はけっこうご高齢なのかな?」
「ま、真糸さんっ」
いくら子どもへの質問だからといって、あまりに不躾だ。窘める美波に構わず、リトは再び小さく頷いた。
「うん……。お父さんもお母さんもずっと仕事を頑張ってきたんだって。それで結婚したのも、ボクと弟を産んだのも遅かったんだ。今日だってせっかく遊園地に来たのに、二人とも交代ばんこで仕事の電話してるしさ……。退屈で、ボク勝手に園内を走り回って……すぐ元の場所に戻ったんだけど、二人とも見つからなかったんだ」
しゅんとしたリトの表情に、美波は胸が痛くなった。状況は全く違うが、両親に自分の思いが伝わらないというもどかしさや悔しさは少しだけ理解出来た。
リトがなかなか迷子センターに行きたがらなかったのも、そんな両親への反発心があったからだろう。
「でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんのおかげで今日は楽しかった! ありがとう!」
思いの丈を話して少しだけスッキリしたのか、リトは屈託のない笑みを浮かべて礼を述べた。誘拐まがいの行為に多少の後ろめたさがあった美波だが、これで良かったと思うことにしよう、と心に決めた。
「君みたいに子どもの頃からたくさん頭を働かせている子は、大きくなってからきっと大物になるさ。そしてきっと、御両親の気持ちにも理解を示せるようになる。よーし、おっさんが保証しよう!」
ぽん、と真糸の大きな手がリトの頭に重ねられ、リトは驚いたように「冷たっ」と声を上げる。その姿に、大人二人も笑いがこみ上げ、しばし三人で笑いあった。
「あ〜美味しかった! ご馳走様でした!」
プレートとオレンジジュースをすっかり胃に収めて満足気なリトを連れ、二人は宇宙空間のようなレストランを後にした。
空調の効いた店内と違い、外はじんわりと汗をかくような蒸し暑さだ。それでも多くの人の笑顔と声が溢れ、楽しい気持ちが伝染して心を踊らせる。やはりテーマパークには、そんな不思議な力があった。
「んっ? あれは!?」
唐突に、真糸が長い首を更に伸ばして遠くを見つめた。その視線の先には、遠目からでも分かるスラリとしたスタイルの二人組。
「観測対象発見! よし、さっそく尾行を再開しよう!」
「ちょっ、真糸さん!? 駄目ですよ、リトくんを迷子センターに連れていかなきゃいけないんだから!」
春臣と栞の姿を見つけて迷子センターとは逆方向に向かおうとする真糸を、美波は慌てて引き止めた。先程はリトに良いことを言っていたはずの大の大人が、嫌だ嫌だと駄々をこねる姿にはほとほと飽きれた。
「分かりましたよ、もう! じゃあ私とリトくんはあそこに入ってますから」
美波は、春臣達のいる場所からほど近いアトラクション、ミラーハウスを指差した。彼らはほかのアトラクションの列に並んでいるため、少なくともあと十五分はほかの場所に行くことはないだろう。それならば、ミラーハウスにいる美波を中心に半径10m行動できれば、真糸は充分二人に近づくことが出来る。
「了解、じゃあまたあとでね!」
その提案を二つ返事で飲み、真糸はさっさと先へ行く。呆れ果てた美波は、平謝りしながらリトの手を引いてミラーハウスの入り口までやってきた。
「なんかごめんね……せっかくリトくんが行く気になったのに……」
幸いミラーハウスは他に客もおらず、すんなりと入ることが出来た。中はその名の通り全面鏡の世界で、二人は時々ぶつかりそうになりながらも、楽しみながら鏡の迷路を進んでいった。