たった一つの勘違いなら。
1章 目撃の中秋

広さを犠牲にしてもいいからと、副都心にある勤務先にほど近い場所に部屋を借りた。

朝の通勤ラッシュを避けられるのは本当に快適。

しかしこの古いオフィスビルでは、朝9時前後のエレベーターラッシュも避けられないことに気づき。

必然的に私は、朝8時頃に出社してほぼ一番乗りでオフィスにたどり着くことを選んで暮らしている。



中層階用エレベーターは、1人のときもあれば似たような時差通勤の方々とご一緒することもある。

特に月曜日は、週に1度のチャンスの日。

富樫課長がこの時間に出社されるので、ちょうどタイミングが合えばあいさつを交わすことができる。


だから何だと言われればそれまでだけれど、私にとってはこのささやかなトキメキ感が日々を生きていく潤いだから。

最近はこのトキメキにモヤモヤした気持ちが混ざっていないとは言い切れないが、それはまた別の話として。

30歳独身というそれだけでモテ要素になりうる本社男性陣の中でも、富樫真吾課長の人気は群を抜いている。

もちろん法務部の片隅でひっそりと息をしている私もあまたいる富樫ファンの1人である。
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