たった一つの勘違いなら。
ノー残業デーの翌日、木曜日。
ちょっとした残業の後、まだ早いから帰りも歩いて帰ろうとしていた。

本社ビルの裏手には植え込みのある小道が作られていて、私のうちに向かうには近道になる。



緩やかにカーブさせてある小道に入り込んだところで、背の高い男性2人が揉めている気配にうっかり立ち止まった。

「ほんと最近冷たいよな、お前」

「今から呼び出せるような相手いくらでもいるんじゃないですか?」

「そういうのやめろとか言っといて」

そこで富樫課長に気づかれてしまった。どういう偶然でこんな場面に何度も遭遇するんだろうか。

「お疲れ様」

課長の声に西山さんも振り向いて会釈してくれる。うわぁ、気まずい。

と思いつつ、何食わぬ顔で挨拶と会釈をして通り過ぎようとした。

「橋本さん、今帰りなの?」

でもそう聞かれて立ち止まる。

「ちょっと頼みがあるんだけど、時間あるかな?」

「はい、もちろん」

富樫課長の頼みを断るわけなくて反射的に答えてしまったが、状況的に間違いだったかもしれない。

「急いでるんだったな。お前はもういいよ」

「そうですか。じゃ、失礼します」

先ほどの延長のままトゲのある声の西山さんは、すれ違うときに課長の耳元で何事か囁き、課長はふっと妖艶な笑みを浮かべた。

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