たった一つの勘違いなら。

「久しぶり。少しやせたね」

何気ない調子で真吾さんが言う。

自分だって。ちょっと疲れて頬がこけた感じでしょう。大丈夫なの、ちゃんと食べてるの。

「いろいろ話したいって、俺も言ったよね」

恵理花に話を聞いたのだろうに謝るわけでもなく、悪気さえなさそうに、私の荷物を持って手を引いてむやみに豪華なエントランスに向かっていく。

会ったら、きっと責めて、なじって、気が狂ったみたいになるはずだったのに。

すっかり手懐けられている私は、この人に手を取られれば大人しくついていくようにもう条件づけられている。


エレベーターに乗ると、そのまま緩く抱き締めてきた。

キスしようとしたら絶対に突き飛ばそうと身構えたけど、そんなこともなく。

ごめんとか、そんなつもりじゃなかったとか、一言でも言われたら「聞きたくない」って言えるのに。

なにも言わず何もせず、ただ大事そうに優しく抱いていた。

どうしてこの人には私がして欲しいことと欲しくないことがわかるのか、もういいかげんにして欲しい。

それでも力は抜かない、絶対。身を硬くしてエレベーターが止まるのを待った。



全部嘘なんじゃなかったの? 優しくすれば全部許されると思ってるの?

私がどれだけショックを受けたか、わかってなんかいないんでしょう。
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