たった一つの勘違いなら。
人のよさそうな穏やかな雰囲気と話し方。体格が良くかっこよさげな人ではあるが、真吾さんにはあまり似ていない。
「そういう話がやっと進み始めたっていうのにさ、こいついきなり『やっぱり結婚相手は自分で決める』とか言い始めて。それはもう、あっちこっちで大変だよ。みんな思惑があったからね」
「いい機会だからっていろいろ思惑を炙り出すとか言い出して、あのタヌキが。あっちにもこっちにもいい顔して大変だったよ、俺は」
タヌキというのが叔父様である社長のことで、真吾さんはここ数カ月仕事もしながらいろいろ画策していたらしい。忙しいわけだ。
「今後ね、どういう風に進めていこうかっていう時に、内向きのことばっかり頑張る奴はいらないんだよ」
私にもわかるように真吾さんがさらっと説明してくれる。課長職とはいえ、既にかなり経営事情に関わっていらっしゃるんだ。
「でもこんなことべらべらしゃべっちゃって、大丈夫なのかな詩織さんは。口は堅いほう?」
「相当堅いよ、親友にも何にもしゃべらないくらいね」
お父様の心配はわかるが、真吾さんのそのフォローにはちょっと驚いた。
「そういうのも試してたんですか? 口の堅さとか!」
「そんな余裕があったら苦労してない」
眉をひそめて睨むように言われる。そう? 結婚相手としての資質まで見てるくらいの余裕はありそう。