たった一つの勘違いなら。
ようやくわかってきた。この人はやっぱり見た目がきれいなだけじゃなく、やり手の営業マンなんだろう。私に考える隙を与えないように動かしているらしい。
ランチをご一緒しながら、思い切ってそう伝えた。
「うん、わかった? さすがだね。でも昨日の約束は有効だと思ってるけど。誤解されたら困る相手がいる?」
「そんな人はいませんけど」
「でもそうか、俺と噂になったりすると女性の目が怖かったりはするか」
さすがにご自分でも自覚があるらしい。法務の片隅にいる目立たない私が課長の本命だなんてことになったら、社内の目は厳しいだろう。
「君に迷惑をかけるつもりはないんだ。でも、架空の彼女じゃすぐにばれそうなんだよね。そういう嘘は苦手で」
ああ、苦労されているんだろうなと思った。嘘もつけず、本当のことも言えず。
「社内に本命がいるけれど、誰だか明かす気はないってことにしようか。それならいいよね」
なるほどそれならと思いつつも、それなら私が存在する必要がよくわからないが。
「休日にこうやってデートしたり、帰りに待ち合わせてご飯に行ったり、そんな感じだね」
「それじゃ本当の彼女みたいじゃないですか?」
「俺はそっちでもかまわないんだけど、困るでしょ? 無理しなくていいよ、ただデートするぐらいで。君が嫌がることはしない。約束する」
どうも何か丸め込まれているような気がしていた。でも何をどう指摘するべきなのかよくわからない。