たった一つの勘違いなら。
それはそうと仕事の話。通路の脇にある打合せ机に書類を並べて見せる。

「このベトナム案件なんですが、やっぱり現地語で契約を求められてるって押して来ました。例外として頼みたいって」

「でもそれ認めちゃうと次も強気で来るからね、アジア事業部は」

「そうなんですよね。どうしましょう」

アジアの抜け目ない商人さん達とやり合っている事業部の面々は、社内の抵抗勢力など突破すればいいと思っていることも多い。

問題になりそうなところに引いた赤線部分への加納さんの意見を求めつつ、そもそも基本が伝わっていないかもという話になる。

「ここのところ異動多かったし、そろそろまた説明会開きます?」

「それがいいかも。スピーカーお願いね、橋本さん」

「私ですか?」

「あなたもう、十分中堅なんだから自信持ちなさいよ。鎧なんか脱いでも実力で行けるから」

中堅か、そう言われるほど自信はないが。法務部一筋6年目、確かにそれなりの経験をさせてもらっていると思う。今は海外企業との契約を主に担当している。

契約は日本語または英語で結ぶ社内方針だが、取引先との関係によっては現地語がメインで日本語が副本扱いを求められることがある。

例えばそういう例外をなるべく阻止していくのが我々の仕事でもある。愛される仕事ではないが、会社にとっては必要な業務だ。

関連部署の意識を高めるための社内説明会は時々開かれている。確かにそろそろ私がやるべきかもしれない。スーツという鎧はまだ必要な気がするけれど。


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