たった一つの勘違いなら。
「指輪でもしておけばよかったんじゃない? 」
「そうかもしれないですね」
「嘘をつくのには抵抗あった?」
探るように聞かれる。鋭い人だ。
「でも、課長の彼女のフリは光栄な役回りなので別問題です」
「課長?」
これは少しとがめるような聞き方。
「……慣れるように努力しますね、真吾さん」
「敬語やめてみようか。そしたらもうちょっと砕けるんじゃない?」
「無理です」
「どうしても?」
どうしてほんの少しの声と目つきを変えるだけで、今度は悲しそうな雰囲気を出せるんだろう。でもさすがに、無理ですと繰り返す。
「詩織は簡単に流されるようで、防衛ラインは固いんだよね」
それは法務部で多少は鍛えられたのかも。ある程度の譲歩は必要でも、ダメなラインははっきりさせておく。騙されやすいらしい私にとって得意な仕事とは言えないが、自分を鍛える場だと思っている。