たった一つの勘違いなら。
「というか、お忙しい中無理してデートしなくてもいいんじゃないですか?」

お互いの家のほど近くで食事をした帰り、夜道を歩きながら聞いてみる。当たり前みたいにつながれている手には、慣れたふりをしつつ毎回こっそりドキドキしている。

「なんで?」

「え、なんでって」

「じゃあ次はうちにしようか。近いんだしすぐ送れるから」

「そういうことじゃなくて」

「本命の子といい感じになってきておうちデートをしている。うん、それで行こう」

ぽろぽろとご自分で漏らしているらしい噂は、順調に社内の女性の間で話題になっている。きっと高橋くんと恵理花がいい仕事をしている気がする。

架空の嘘をつくのは苦手だとの言葉通り、それっぽいことをしたいらしいのはわかるんだけど。



課長のうちにお邪魔するっていうのは、でもどうだろう、偽装彼女としてやり過ぎじゃないだろうか。

「念のための確認なんですけど」

「約束は有効。君の嫌がることはしない。手をつなぐのはいいがキス以上は嫌だ、だよね?」

「はい」


なんとも自意識過剰というか、私がこの人相手に言えるようなことじゃない。

ただ遊びをやめたとなると男性ってそういう欲求不満とか、と思った瞬間にカズくんの顔が浮かびそうになって何とか慌てて阻止する。

「身震いするほど嫌? ファンなんじゃなかった?」

と怪訝そうに聞かれるほど、妄想打ち消しのために首を振ってしまったらしい。

「身震いなんてしてませんし、ファン心理は想像していらっしゃるより複雑です」

「言っとくけど俺それなりに料理とかできるよ。ファン心理的にそれはどう?」

「そういうのはかなり、素敵です」

家のこともできる人なんだ。万能。この王子様には弱点はないのだろうかと不思議になる。



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