たった一つの勘違いなら。
もしかしてここかなと思っていた、近隣でも目立つ高級感があるマンションだった。
ホテル並みに広いエントランスを抜けて、エレベーターで昇っていく。
『普通の2LDK』というそのお住まいは、利便性の代わりに広さを犠牲にした1Kに住む私にはとても普通には見えなかった。
「散らかってるけどどうぞ」
私の驚きを気にした様子もなく、課長がドアを開けてくれたリビングに先に足を踏み入れる。
あ、確かに広いけれど結構乱雑だ。床の上に本が積み上げられていたり、ローテーブルには仕事っぽい資料と一緒にペンが転がっている。
散らかっているというほどではないが、生活している気配がある部屋。ちょっとホッと息を吐いた。
リビングだけでも広くゆったりしているから、男の人のひとり暮らしの部屋に来たという感じもしない。そういうところだったらたぶんきっとちょっと、いやかなり、抵抗があったかもしれないけれど。
「王子の現実はこんなもんだよ」
皮肉な感じで言われてつい顔を見上げた。
「なに?」
「ファン心理をわかってないなぁって思って」
「どういう心理?」
「意外と人間らしいところを見て、きゅんとするんです。ギャップ萌えというか」
ファンってなんなんだよなあ、とつぶやきながら課長はキッチンに向かい、詩織は座っててとソファを示された。
呆れられているみたいだけれど、王子様のファンだったということに関してはもう開き直っている。
王子と庶民。アイドルとファン。この関係はそんな感じで、彼の優しさはファンサービスだと思えばうまくやっていける気がしている。