たった一つの勘違いなら。


「詩織って食べ方きれいだよね」

先に食べ終わってからそんなことを言うのはずるいと思う。見られてると思うと挙動不審になるじゃないですか。

「真吾さんはなんでもできますよね。苦手なこととかないんですか?」

注意をそらすために反撃してみた。

「いろいろあるけど?恋愛とか」

そんなわけないと思ってから、あ、そうだ人には言えないこともあるんだし、と思い直す。

「期待値が高くてだんだん幻滅されるとか、よくあるよ」

でもカズくんの話ではないのかもしれない。幻滅?あまり想像ができないけれど、実際に付き合えばそういうこともあるんだろう。

課長はそれ以上何も言わず、ただ私を眺めている気配は感じていた。美しく完璧な微笑ではなくて、たぶん何か別の表情を浮かべている気がした。

でも確認する勇気はない。

私はもうフォローのしようもなく、結局無言で目を伏せたまま最後までうどんを食べきった。ほんとにおいしい、これ。




『人もうらやむ素敵な男性と外食したり家にお邪魔したりすることが定期的になり、どちらにも慣れていくことになる』

もし数か月前にそんなことを言う占い師がいたら、絶対信じなかったと思うのだが。現実はそんな妄想上の占いをも超えていくらしい。

実際に、課長のマンションは広くて私の部屋なんかよりむしろ居心地がいいと思ってしまったりしている。


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