たった一つの勘違いなら。
「ごめん、ちょっと今我慢できなかった」
私もです。と口には出せなかったその気持ちは、きっと伝わった。
何度か探り合うようにキスを重ねたところで、ダメだダメだと思い出す。私は偽装彼女だ。
ちょっと間をずらして下を向いて言う。
「そうですよね。そんなこと言う男の人相手にしなければいいんですよね。よく考えたらセクハラだし。会社であんなにコンプライアンス教育してるのに、なんでセクハラとかなくならないんだろう」
一瞬の間の後、課長は私の肩の上でくくくと音を立てて笑い出した。
「そうか、そうやって男たちを追っ払ってきたんだ。詩織はかわいいな、ほんとに」
かわいくない。絶対かわいくない。少なくともアラサー的にかわいくはないだろう、こんな慣れない感じの態度。
「ごめん、今のはルール違反だった。でもキスもうまいし、初めてじゃないのはわかる。よく知らない男を警戒するのは恥じることじゃないよ」
頭を撫でながらかがみ込むように私の目を覗き込む。優しい腕からも、やっと解放された。
女神なんて、全然そんな素敵なものではない。
でも、この人の前では力を抜いてもいいんだ。
男に慣れていようがいまいが、どんな女性もひたすら甘やかすことができる。
恐ろしいほど優しい人。この優しさに慣れていくのは怖いと思いながら、抗えないくらいに。