素直になれない
普段当直室に入る事なんてない。


だってここは本来医師以外入ることなどない場所なのだから。


だから、ひどく居心地が悪い。いや、それだけじゃないのは言わずもがな。


「……用事って、」


「コーヒー飲みたい」


ボソッと呟かれた声に、思わず聞き返した。


「は?」


「コーヒー飲みたいんだよ、けどここのってインスタントしかねーし」


「……外来に自販機ありますけど。炭焼焙煎とか、カップで出てくる」


「下まで行くの面倒くさい」


なに我儘ぬかしてんだ、このおっさんは!


目元が引きつるのが分かった。でも、ここで切れたらもっと面倒臭い事になるのも分かってた。


「リン、いれてくれよ。インスタントコーヒーでも美味しく淹れる方法知ってただろ」


インスタントコーヒーとカップを少し疲れた顔のまま私の目の前に突き出してくる。


昨夜は忙しかったんだろう。薄っすらと隈のできた目元を見てそう思った。


当直明けも夕方まで仕事をしなくてはならない医師の大変さは分かってる。


コーヒー1杯飲んで頭をスッキリさせたいんだろうって事も。


そんな私の考えを見越して我儘を言っているのなら、腹立たしいことこの上ないけれど……。


「……」


私は黙ったままコーヒーの瓶とカップを受け取ってテーブルに置いた。

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