詩集 風の見たもの
【旅の向こうで】

とある風の旅話。風仲間では有名だ。
それはすべて旅先で風本人が見たことだ。

春のはじめの気まぐれに降り立ったのは人の街。
何とは無しに良さそうで、暫くここに留まろう。
思って来たのは 公園を貫く綺麗な並木道。

いつしか夏も終わりかけ、そろそろここを発とうかと、
思案しながらやってきた、風は木陰で一休み。

途端に驚く声上がる。

見れば可憐な女の子。必死に帽子を押さえてる。
風は思わず力を抑え、帽子が飛ばない様にした。
聞くとはなしに聞こえ来る、彼女の声は寂しそう。
帽子をくれた少年が、今日も姿を見せぬ様。

「そんなに毎日来れないわ」
付き添う女性がポツリ云う。
「わかってるもん」と、女の子。
空の遠くを枝越しに、見ながら健気に返事する。

彼女は近くの病院に春の終わりにやってきた。
その日は朝から太陽が真夏の様に照りつけて、
病気の彼女は辛そうに喘ぎながら歩いてた。
付き添っている看護師のお姉さんもしんどそう。

ふと気がつけば少年が公園越しに立っていて、
じっとこちらを見つめては、何やらぶつぶつ口ずさむ。
やがて何かを叫んだら、一目散に駆け去った。
何が何だか分からずに、木陰に入り、涼んでいると、

先程去った少年が、息を切らして走り来た。
差し出したのは白い箱、開けてみろと彼は云う。
みれば清らな純白の、帽子がひとつ、入ってた。
「お前にやる」と少年は、言いにくそうに切り出せば、

「どうしたの、これ?」看護師の、お姉さんが問い正す。
「今年の夏は暑くなる。だから持ってた方がいい」
彼はそれだけ伝えると、立ち去ろうとした刹那、
お姉さんが彼の腕、むんずと掴んで引き止めた。

「それで、これはどうしたの?」
「妹の誕生日用に買ってきた」
「それじゃ貰える訳ないわ」
「妹はもう、いないんだ。渡す前に喧嘩して、

事故で入院してたけど、一度も意識が戻らずに、
ついこの間、死んだんだ。見ればこの子は妹と、
同じ位の背格好。けれども妙に儚げで
放っておけない気がするし、、」

黙って聞いてた女の子、やや怒り気味に、口開く。
「ご親切には感謝します。でもわたし、あなたの、妹さんじゃない!!」
少年、少したじろいで、それでも必死に言い放つ。
「勝手は承知しています。君には元気でいて欲しい。
ただそれだけなのです。ホントです。
他意はないので貰って欲しい」

箱を放すと少年は、一目散に逃げてった。

風は梢に腰掛けて、一部始終を見ていたが、
ふと思いたち、箱をめがけて一陣の、
突風起こして投げつける。いたずら好きなつむじ風、
帽子巻き上げ空高く、持ち去ろうとした瞬間に、

若き看護師跳び上がり、見事捕まえ空中を、
2回転して降り立った。着地を決めたお姉さん、
ニコリと笑って振り返る。日差しは更に強まった。

「今は使わせて貰いましょ。日差しがさすがにきつすぎる」
少し戸惑う女の子、被ってみたら、お姉さん、
眼を丸くして大げさに、驚きの声、上げてみる。

「まあまあこれは、美しい。どこぞの国のお姫様?」
「からかわないでくれますか?」
決まり悪気に女の子、頬を赤らめ下を向く。

それから数日経つ頃に、またあの梢に来て見れば、
少女を見舞う少年が、二人と一緒に笑い合う
姿を認め、風もまた、なぜか安堵に胸撫でる。


夏も盛を過ぎた頃、遠くへ旅立つ少年は、
別れを告げずに立ち去った。
何も知らない女の子、寂しい日々を送ったが、
病も癒えて退院し、やがて普通の恋をして、
優しい人と結ばれた。

彼女の娘のお気に入り、白い帽子は今日もまた、
色褪せることなく健在で、一緒に小道を駆けている。
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