詩集 風の見たもの
【桜】

桜の花が散る頃に、故郷に帰ると思い出す。
二度と戻らぬ過ぎし日の、甘く切ない出来事を。

私も彼も若かった。自分がどんなに幸せか、
少しもわかっていなかった。

私は都会で就職し、彼は故郷で家を継ぐ。
離ればなれになったけど、寂しく感じた事はない。
 
私の帰省は年二回。あとは仕事三昧で、
帰省どころか遊びすら、滅多に行けず働いた。

それでも同じ空の下、頑張っている彼の事、
思えば心も和らいで、ほんのり感じた暖かさ。

それから何年経ったのか、すっかり忘れてしまったが、
春が近づく冬の夜、彼の訃報を受け取った。

危険な作業の最中に、強風受けてバランスを
崩した仲間を助けたが自分の落下は止められず、

あえない最期を遂げたとか。助けて貰った本人が、
泣く泣く伝えてきた話、私は聞いていなかった。

「姉さん、ごめん、本当に… 俺が未熟なばっかりに」
彼が助けた仲間とは、私の弟の事だった。

あれから何度も春が過ぎ、故郷はすっかり遠のいて
たまにお墓に挨拶に、行く位しかなくなった。

今年は何故か帰省した。彼と一緒に桜見て、
心が和めばいいなんて、小さな期待もあったから。

今年も桜は美しい。春のそよ風よぎるとき、
桜吹雪が空を舞う。空と桜が泣いている。

風に吹かれて乱舞する、花びら眺め佇めば、
桜並木の向こうから、懐かしい人駆けてきて

「おかえり、今年もご苦労さん」と、

話しかけてくれそうな気がするなんて、やはりまだ
私の時間は止まってる。今日は晴天、蒼い空。

見れば高みに白い雲、風に吹かれて流れ行く。
とぼとぼ歩く帰り道、駅の前には人影が、

私が来るのを待っていた。
「今年は僕も一緒だよ」

記憶通りのあの人が、優しい眼差し向けてくる。
何が起きたかわからない。それでも私は迷わない。
だって、ようやく会えたから。真っ直ぐ飛び込む彼の胸。


ここは集中治療室。
若い二人の再会を、邪魔するものは何も無い。
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