偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
稍は別にクリスチャンというわけでもなかったが、まだ受付に行ってなかったことを天に向かって感謝した。
エレベーターの近くにある女子トイレにあわてて駆け込む。
今まで同様、通勤用にしているコーチのライトパープルのサッチェルバッグをがさごそする。
野田と(レンタカーでの)ドライブがてら、酒々井のアウトレットで買ったものだ。
自分のお金で購入したから、別れようが婚約破棄しようが稍は使い続ける。
「人を憎んで物は憎まず」が稍のポリシーだ。
だが、さすがにプロポーズの時にもらったティファニー・セッティングのエンゲージリングは突っ返してきたけれど。
刻印は入れていないから、サイズ直しでもして、由奈にあげればいい。
中から取り出したのは、ウィッグと眼鏡と紺色の髪ゴム。
ウィッグは前髪がキマらないときや会社帰りに呑みに行くときのために持っていた。
地毛の前髪は伸ばしてサイドに流していたのに対し、ウィッグの前髪はぱっつんに切り揃えたものだ。お団子頭にしたときに使うと、ガーリーな感じにイメチェンできるのだ。
視力はレーシックで回復したから、もう悪くない。ユニクロで買った、昔叔父が持っていたマンガの「アラレちゃん」のような大きな黒縁の眼鏡は、PCなどの操作でブルーライトをカットするためだけのものだ。
ウィッグを「装着」し、セミロングのストレートの黒髪を首の後ろでキュッと一つに束ね、紺色のゴムでくくる。
そして、またサッチェルをがさごそしてメイク落としシートを取り出し、アイメイクとチークを拭き取ったあと「アラレちゃん」をかける。
すると、目の前の鏡には「イケてないアラサー女」が映っていた。
……これで、あたしだとはわかんないよね?
稍は満足げにほくそ笑んだ。
……どうせ、仕事で顔を合わすことなんかないだろうけどね。たったの三ヶ月間だし。