偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎
テーブルでユニマットのコーヒーを飲みながら、タブレットを操作していた人が顔を上げた。
その人は身体に沿った細身のライトグレーのスーツを着ていた。二十代後半だろうか、今流行りのツーブロックの黒髪の彼は、さわやかイケメンと言ってよかった。
先程の女子社員が甘ったるい声になった理由がわかった。
この会社は見たところ、カジュアルな服装が許容されているらしく、男性でもコットンニットにチノパンはまだマシな方で、Tシャツにデニムの人までいた。女性もプルオーバーやチュニックに、動きやすそうなガウチョパンツやフレアスカートを合わせた人が多かった。人事課の女子社員もそうだった。
その人は稍の風貌を見たとたん、ほんの一瞬であったが、顔を露骨に歪めた。正直な人である。
だが、すぐに「態勢」を立て直した。
見事な「反射神経」の人だ。
「おれは、山口 悠斗。
入社七年目の二十九歳で、このチームでは最年少だ。チームの中では取引先との渉外をやる営業担当だから、スーツを着てる。きみは初日だからスーツ姿なのかな?
でも、明日からはもっと動きやすい服で来なよ。その方がこっちも仕事を頼みやすい」
稍は「はい」と答えてから、
「八木 梢と申します。
派遣で働くのは初めてなので、慣れないうちはご迷惑をおかけします」
ゆったりと三〇度のお辞儀をした。
だが、山口はもうタブレットに目を落としていて、稍の方を見向きもしなかった。
やっぱり、正直な人だ。