偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

テーブルでユニマットのコーヒーを飲みながら、タブレットを操作していた人が顔を上げた。

その人は身体(からだ)に沿った細身のライトグレーのスーツを着ていた。二十代後半だろうか、今流行(はや)りのツーブロックの黒髪の彼は、さわやかイケメンと言ってよかった。
先程の女子社員が甘ったるい声になった理由がわかった。

この会社は見たところ、カジュアルな服装が許容されているらしく、男性でもコットンニットにチノパンはまだマシな方で、Tシャツにデニムの人までいた。女性もプルオーバーやチュニックに、動きやすそうなガウチョパンツやフレアスカートを合わせた人が多かった。人事課の女子社員もそうだった。

その人は稍の風貌を見たとたん、ほんの一瞬であったが、顔を露骨に歪めた。正直な人である。

だが、すぐに「態勢」を立て直した。
見事な「反射神経」の人だ。

「おれは、山口 悠斗(ゆうと)
入社七年目の二十九歳で、このチームでは最年少だ。チームの中では取引先との渉外をやる営業担当だから、スーツを着てる。きみは初日だからスーツ姿なのかな?
でも、明日からはもっと動きやすい服で来なよ。その方がこっちも仕事を頼みやすい」

稍は「はい」と答えてから、

「八木 (こずえ)と申します。
派遣で働くのは初めてなので、慣れないうちはご迷惑をおかけします」

ゆったりと三〇度のお辞儀をした。

だが、山口はもうタブレットに目を落としていて、稍の方を見向きもしなかった。

やっぱり、正直な人だ。

< 16 / 606 >

この作品をシェア

pagetop